映画評 評論

『ワース 命の値段』について考える!

基本情報

監督 サラ・コンジェロ
脚本 マックス・ボレンスタイン
原作 ケネス・ファインバーグ(『What Is Life Worth?』)
出演 マイケル・キートン スタンリー・トゥッチ 他

あらすじ

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生した。

未曾有の大惨事の余波が広がる同月22日、政府は、被害者と遺族を救済するための補償基金プログラムを立ち上げる。

プログラムを束ねる特別管理人の重職に就いたのは、ワシントンD.C.の弁護士ケン・ファインバーグ(マイケル・キートン)。

調停のプロを自認するファインバーグは、独自の計算式に則って補償金額を算出する方針を打ち出すが、彼が率いるチームはさまざまな事情を抱える被害者遺族の喪失感や悲しみに接するうちに、いくつもの矛盾にぶち当たる。

被害者遺族の対象者のうち80%の賛同を得ることを目標とするチームの作業は停滞する一方、プログラム反対派の活動は勢いづいていく。

プログラム申請の最終期限、2003年12月22日が刻一刻と迫るなか、苦境に立たされたファインバーグが下した大きな決断とは……。

 

 

命に値段をつける男

さて、今回評論する作品『ワース 命の値段』は、タイトルにもあるとおり、「命の値段」をめぐる作品だ。

この作品の冒頭、主人公のケン・ファインバーグが授業で生徒に「倫理では、命は平等」であると説きながら、しかし集団訴訟などの場合の補償問題・和解金の問題に関しては「一人一人に補償額が違う」

つまり「命に値段をつける」ことが必要だと生徒に説く。

命に値段はつけられない。
その重さは平等である。

これは正しいが、実際は「命の優劣」をつける必要もある。

今作の主人公ケンは、ある意味で「命の優劣」「値段」をつけるプロなのだ。

さて、物語は2001年の悪夢のような出来事。
アメリカで起きた「同時多発テロ」の発生を描く。
あまりにも突然の悲劇。

アルカイダというテロ組織の起こした、あまりにも酷い出来事に世界中に暗い影を落としたこの出来事。

我々日本人はその後、アルカイダを保護するタリバン政権とアメリカが武力衝突した「アフガニスタン紛争」に注目をしていたが、実はアメリカでは別の問題が浮上した。

それが「テロに対して航空会社の責任を追及する訴訟」が起こりうるかも知れないという危機だ。

もし仮に訴訟が起きれば、航空産業が立ち行かなくなり、最終的にアメリカ経済が破綻する。
そうならないためにアメリカ政府は「被害者への支援プログラム」を立ち上げ、その責任者にケンを抜擢する。

さて、このプログラム。
先ほども言ったが、被害者への補償条件として、「訴訟しない」ことの意思表明が必須だ。

つまりアメリカ政府としては「訴訟」と交換条件での被害者補償という側面もある。

しかし、当然これには予算という限度があり、全員が同じ額で補償というわけにはいかない。
しかもWTCビルでは上場企業の重鎮も犠牲になっていて、その遺族と末端社員の遺族が同額保証で納得するはずがない。
その上富裕層は、政府に圧力もかけることも辞さないのだ。


ちなみに日本でも障害を持っている方の将来得られたはずの逸失利益(いっしつ)を「8割」と判断したが、この問題とこの映画は非常近しい問題を扱っているとも言える

ケンはそこで「計算式」に基づいた保証を制定し説明を行うのだが、やはり道徳的に納得得られるはずもなく、彼は遺族の恨みを買っていくことになる。

だが、あくまでプログラムを軌道に乗せることを考え、できるだけ不公平感のないように運営するには、ケンのアプローチ自体も間違いない方法だとも言える。

ただ、これを遺族の視点で考えると、「ただの計算式」としか「故人」を見ない、そこに不満を漏らす気持ちもよくわかる作りになっている。

遺族視点でケンの行動を見れば、なんとも事務的に見えることか。

ただ、このケンも別に悪い人間ではない。

元々ケンは物語の冒頭で、この仕事をなんと「無償」で引き受けている。
これは彼が「自分にしかこれはできない」「この調停は自分にしか無理だ」という、ある意味で「国」「被害者」のためを思っての、彼なりの「正義」の行動であり、「社会的使命」からの行動であった。

だが、彼のやり方、つまり「一人一人の遺族」にある意味で「命の値段」を淡々と説明するのに反発が出るのは必至だ。

ここで、ケンはなぜ遺族はこの条件を飲まないのか?

そのことばかりを考え、同意しない遺族たちをある意味で敵視してしまう。(仮に裁判をしても勝率はない、そして時間を無駄に浪費する)

遺族は「お金」だけではない、道義的な納得をケンに求めるが、話はまとまらず平行線を辿っていくのだ。

ここで物語の冒頭、ケンが趣味で聴いている音楽を深堀したい。
というのも、日本人ならお馴染みのサラ・ブライトマンの『クエスチョン・オブ・オナー A Question of Honour』を聴いているのだ。

 

この楽曲はサッカー日本代表のテーマソングとしても有名だが、今作では楽曲のタイトル「question of honour」の意味が重要になってくる。
これはヨーロッパにおける騎士道(シバリー/シバルリー)の精神を表す言葉で、次のようなフレーズで使われる。

It's not a question of life or death,
it's a question of honour.

意味:生きるか死ぬかの問題ではない。それは名誉の問題なのだ。

 

まさに、この「名誉」というのがケンは全く理解できないのだ。
その彼のこれから始まる困難を、この楽曲はあんに示していたとも言えるのだ。

 

彼は、このプログラムであれば、全被害者を救済できる十分な補償ができると考え、計算式として被害者・遺族を見ているのだ。

遺族はそれに対して、不満の声をあげていく。

そんな中で期限が迫る中、次第にケンたちは彼らの不満の本質に迫っていくことになる。

この作品が複雑なのは、元々被害者・遺族の怒りの矛先はテロリストに向けられていたが、自分たちに全く寄り添わず、「お金だけを渡して黙らせようとする国家」へと矛先が向いていくのを描いている点だ。

大切な者を失った被害者・遺族は国家に「ないがしろ」にされ、苦しむ過程が丁寧に今作は描かれていく。

これは日本でも震災などが起きた際、しかたない部分もあるとはいえ被害者を「ないがしろ」にしていると思われるような出来事は度々起きており、この作品の取り上げる問題は我々と無関係ではないのだ。

最終的に今作、ケンはこれまでの経験を捨て、初めて被害者たちと「人間」として向き合うことになる。

そして、ただ「計算式」の一つの要素として、被害者・遺族を見ていた男が、それこそ一人一人の「名誉・尊厳」と向き合っていく。
そして最終的に信頼を勝ち取り、この困難なミッションを完遂し切るまでが描かれていく。

ある意味で「失敗」「バッシング」さまざまな苦労から、彼は「本当の意味での救済」とは何かを考えるのだ。

元々「国家」と「被害者」の間で中間管理職的に苦労し続けたケン。

 

上からの指令を淡々とこなすことで、信頼を築いた男が最後に「国家」に反対し意見する。
「期限」も「規定の計算式」でもない、本当に一人一人に寄り添うシステムでの救済を彼は約束し、それを実現させたのだ。

そして、最終的には国もその案を飲み、今でも健康被害者などを支え続けるシステムになったのだ。

そんな困難に立ち向かう男の2年間を描いた、非常にわかりやすい作品だったようにも思える。

ただ、惜しいのはケンが、被害者と向き合う決意。
ここが弱かった気もするが、2時間以内できちんと盛り上がって終わる。
一本の映画としてはかなりクオリティの高い作品と言えるのではないだろうか?

知名度は低いが、おすすめの作品だといえるので、ぜひ劇場で鑑賞してみてはいかがでしょう?

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