ディズニー総チェック 映画評 評論

『リトル・マーメイド』「声を出すこと」「耳を傾けること」で新時代を切り開く

2023年6月14日

『リトル・マーメイド』について

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基本データ

基本データ

  • 公開 2023年
  • 監督 ロブ・マーシャル
  • 脚本 デヴィッド・マギー
  • 原作 ジョン・マスカー/ロン・クレメンツ 『リトル・マーメイド』
    ハンス・クリスチャン・アンデルセン『人魚姫』
  • 出演者 ハリー・ベイリー/メリッサ・マッカーシー ほか

あらすじ

美しい歌声をもち、人間の世界に憧れている人魚アリエル
掟によって禁じられているにも関わらず、ある日彼女は人間の世界に近づき、嵐に遭った王子エリックを救う。

この運命の出会いによって、人間の世界に飛び出したいというアリエルの思いは、もはや抑えきれなくなる。
そんな彼女に海の魔女アースラが近づき、恐ろしい取引を申し出る。

それは、3日間だけ人間の姿になれる代わりに、世界で最も美しい声をアースラに差し出すことだった…。

公式サイトより引用

あまりに無謀な挑戦と思われたが・・・。

ちなみに当ブログでは「リメイク元」のアニメ版評論もしております!

1989年アニメ版の輝き

この作品はディズニーアニメーションとして1989年に公開された『リトル・マーメイド』を実写リメイクした作品である。
今作品の原作にあたるアニメ版は、ディズニーの歴史にとり「最重要」の作品の一つだ。

 

というのもウォルトの死と、兄ロイの死。
さらにドン・ブルースを始めとする優秀なアニメーターの退社などもあり、1980年代ディズニーアニメは不遇の時代を過ごしていた。

 

そんな中ディズニーアニメを立て直すために「マイケル・アイズナー」と「ジェフェリー・カッツェンバーグ」の二人がディズニーに合流。
そこで起死回生の一発として企画されたのが、今作品だ。
ディズニーは一発逆転を考え、決断した結果、制作されたのはディズニーの一丁一番地とも言える「プリンセスもの」というわけだ。

 

そんな満を辞して世に送り出された『リトル・マーメイド』は作り手の予想通り、いやそれ以上の評価を得て、ディズニー復活を大々的に外部にアピールすることになったのだ。

結果1989年から2000年に公開される『ファンタジア2000』まで、ディズニーは「ルネッサンス期」と呼ばれる黄金の日々を謳歌することになるのだ。

 

このようにディズニーという会社の運命そのものを変える作品だった『リトル・マーメイド』
当然この作品は大ヒットしたということもあり、特に主人公である人魚「アリエル」の人気は非常に高く、今でも「好きなキャラ」だという人も多いのではないか?

そういう意味でディズニーという会社にとっても、そしてファンにとっても、このリメイク作品は「驚き」と「不安」が巻き起こったというわけだ。

しかもそれが世界的に大きなニュースとして駆け巡ったのも記憶に新しいのではないか?
これは、この作品が世界に与えた影響があまりにも大きいことの裏づけとも言えるのだが、さてディズニーは今回この作品をどうアレンジしたのか?
そしてそれをどう思ったのか?

そこをこれから見ていきたいと思います。

 

表面上はほぼ同じ話だけど・・・

今作最大のサプライズは主演「アリエル」を演じるのが「ハリー・ベイリー」という黒人女性だという点だと言える。
ただ、そこは一旦話の筋からは外して起き、後述をしたいと思う。

さて、まずリメイクというもののこの映画、起きていることは1989年の「アニメ版」と同じ、ストーリーもほぼ同じだということだ。
つまり原作の実写映像化として、大掛かりなアレンジを加えていないというのが大きな特徴だ。

 

基本的にアリエルが人間の道具を収集、そして船上のエリックに恋をする。
そんな彼が溺れかけたのを助け、恋に落ちる。
そこから海の魔女アースラと取引をし、声を失う代わりに足を得て、エリックのハートを射止めようとするも、失敗・・・。
タイムリミットが迫る中、アリエル達がどうするのか?・・・、と基本的に起きている要素はアニメ版も今作も変わらないのだ。

 

そいう意味で表面をなぞると、ほぼ同じ話でああると言える。
確かに同じといえど、要素としてわかりやすい部分で「無くされた部分」と「足された部分」もある。

 

例えば料理人ルイとセバスチャンの戦いのシーンはアニメ版からオミットされている。
逆にエリック王子の家族構成や、彼のバックボーンはかなり強化して描かれ、彼の母が王国の女王であることも描かれている。

特に後者の付け足しはアニメ版の弱点を大きく補完する効果を持っている。
ともすればアニメ版のエリックは「ただの声フェチ」と言われかねないし、彼の「求めている女性」としての需要な要素は「声」だけにしか見えかねない。
究極の声フェチ王子という悪名をすら付き纏いかねないのだ。

 

ただ今作では、確かに声フェチではあるものの、彼もまたアリエルと同じく自分のいる世界ではない場所。
つまり「海」を求めている思いが強くなっている。

「アリエル」が父で王の「トリトン」から「陸」への憧れを禁じられているのに対して、エリックもまた母であり女王から「海」への憧れを禁じられているのだ。
つまり両人ともに「互い」を通じて知らない世界への憧れを重ねて、惹かれ合うという「なぜ恋に落ちるのか?」という描写を強化しているとも言える。

ちなみにこの二人が仲を深めていくシーンで、エリックの部屋でのシーンがあるのだが、これは非常に重要なことを描いている。

 

重要な足された要素とは?

実は今作での最重要な要素は「エリックの部屋」での会話ではないか?

この作品冒頭から、エリックのセリフにあるように「スペインのガリオン船」など、我々の知る世界と地続きであるかのような要素が散りばめられていたが、この部屋でのセリフもさらにその要素を描いていく。

海図を広げたエリックがアリエルに「ブラジル王国」の存在などを伝えるのだが、これまた現実に根差したセリフがどんどん描かれていくのだ。
ここで「まだ見ぬ世界」の存在が明らかになるのだが、これはおそらく「アメリカ大陸」のことではないか?

 

となると、最後に二人が旅立ち、目指す場所を「アメリカ大陸」だと仮定することが可能だ。

それに一体何の意味があるのか?
それをここで考えていきたい。

 

そもそもこの物語は「人魚」と「人間」の「種」を超えた愛。
その「愛」は「種」という大きな壁さえも越えることができるのだ、ということを描いている。
つまりアリエルとエリックは、大きな壁を超えて結婚をしたというのがこの作品の締めくくりだというわけだ。

 

アニメ版は少なくとも「この壁を超えて終わった」のだ。
つまるところ、物語の着地は「結婚=ゴール」として定義づけられていた。

今作も、基本的には同じ、しかし二人が旅に出ることが明らかになる。
それは前述したようにまだ見ぬ「大陸」を目指す旅だ。
それはまた大いなる困難と向き合うことを意味する。

 

ここで我々世界の歴史と重ねてみると、この後に「アメリカで何が起きるのか?」を考えなければならない。
先住民の殺戮、植民地化、黒人奴隷の入植、そして現在にまで残る根強い差別の歴史。

アリエルとエリックの旅の果てには、まだ「大きな壁」しかも「現在も解決できていない」つまり「乗り越えられない壁」が存在しているということだ。

 

壁を越えるため・・・

もちろん、この作品はそれら問題があることを突き付けるだけではない。
それは「乗り越えることが可能だ」というメッセージに溢れているのだ。
つまり今なお終わらない「壁」を乗り越えるため、「新時代」を作るための鍵をこの作品はきちんと残しているのだ。

 

それが「耳」と「声」だ。
この作品表面上のヴィランは「アースラ」だが、実はもう一人ヴィランがいる。
それは他ならぬ「トリトン王」なのだ。

アニメ版でトリトンは基本的に、今作と同じく「娘の声」を聞く耳を持たない。
「妻=王妃」を人間に殺されたということを理由に、アリエルに海面に近づくことを許さないのだ。

アニメ版では、この「理由」を伏せられている(後の続編で描かれるが)。
「ダメなものはダメ」と言い、親の過剰な過保護心として描かれていた。
だが今作ではそこに「理由」を付け加えている分、「絶対にトリトンは聞く耳を持たない」のだ。

 

アリエルの心の声、彼女が言葉を出そうとしても「聞こうとしない」トリトン。

後に物語上のギミックとしてアースラに「声」を差し出すアリエル。
だが彼女が物理的に会話出来ようとも、出来まいと、実は「聞く耳」を持たぬトリトンとは、そもそも意思疎通ができないのだ。

 

しかし、「声」がなくともエリックは少なくともアリエルの声を聞こうとした。
「声の主」を探し続けたエリックだが、二日目の夜には、すっかり「声を出せない」存在だが、自分の「夢」に共感をしてくれるアリエルに惹かれていくのだ。

アリエルもまた「声」が出せないが、自分の「言いたいこと」を理解しようという「聞く耳」を持つエリックの真っ直ぐさにより強く惹かれていくのだ。

 

彼らはトリトン、アースラの鏡写しだ。
声を「聞こうとしない」トリトン、声を「奪おうとする」アースラ。

 

現実にもこのような存在がいて、現実を変えたり、相互理解をするための「対話」を阻害しようとするのだ。
でもそれでは「世界は変わらない」
そんな存在の対としてアリエル、エリックは描かれていくのである。

 

さて、すべての事件が解決した後、人魚達と人間がアリエル、エリックの旅立ちを見送るシーンがあるが、そこでアリエルとトリトンは「耳」についての話をする。
そして自分たちが間違っていたことを気づく。

それは「陸の女王」も同じだ。
女王は二人に「世界を変えて」という願いを込めて送り出すのだ。

 

「海は」「人間は」と、全てを一括りに「嫌悪」していた二人だが、実はそうではないことに気づくのだ。
当然その中に悪意のある人間もいれば、そうではない人間もいる。

 

「声」と「耳」があれば、「悪意のない存在」にも気づけるし、お互い相互理解することもできる。
「対話」こそが世界の大きな壁を越えるためのものなのだと描いているのだ。

 

注釈

アニメ版では「外の世界に行きたい」というアリエルの主張は十分に描かれている。
つまり「声」をあげるということは描かれているが、逆に「聞く側」の描写は弱かったとも言える。

 

そしてアリエルとエリックはその「対話」のための旅にに出るのだ。
「あなたの世界の一部になりたい=part of your world」と冒頭歌い上げたアリエル。
しかしそれでは足りない。

本当に重要なのは、対話で世界の人間・他の種族と共に「世界の一部になる」ことなのだ。
そんな新世界への旅立ちが今作は最後に声高らかに叫ばれる。

そして我々にも声をあげる重要性を説くのである。

 

アリエルのキャスティングと多様性

さてこの作品が提示する「新世界」
その「世界」で最も消し去りたいのは、「アリエル」のキャスティングへの批判の声ではないだろうか?

 

監督のロブ・マーシャルは本作のキャスティングは「白人だから、黒人だから」という選び方をしたのではないと断言している。
ハリー・ベイリーの持つ歌唱力・表現力を重視してキャスティングをしたとのこと。

 

作品を見た方々は、確かに色々思うところはあるかもしれないが、「ハリー・ベイリー」の歌唱力、そのチャーミングな仕草。
生き生きとした魅力は否定できないのではないだろうか?

 

しかし人はやはり「見た目」を重視するところもある。
だが、それこそまさに「差別」の始まりになるということだ。

自分の美的感覚と異なるものを認められない。
それは仕方ないことだが、だがこれからの時代は、そういう感覚は捨て去らないといけない。

すべての存在を「世界の一部」として認めていく時代の到来が近づいているのだ。

 

さらに今作はLGBTQなど多様性の問題とも関連つけることは可能だ。
そもそも元々の原作にあたる「人魚姫」を書いたアンデルセン。
彼もまた同性への思いを隠して苦しんでいた。

彼の生きた時代1800年代、当然同性愛はタブーだ。
そんな彼の思いは届かない。
だから人魚は、王子に思いを遂げることができずに「泡となり死ぬ」

ちなみにこの映画で「くつ」「コルセット」でアリエルが苦しむシーンがあるが、これは「人魚姫」で人魚が陸に上がり歩行すると痛みで苦しんだことを表現している。

 

編集長
アンデルセンの心情は推し量ることしかできないが、成就せぬ思いを持ち続け、彼は常に苦しみ続けたことを、人魚に落とし込んだのではないか?

しかもアンデルセンは「人魚姫」の最後で、「風の精霊」になった彼女は、愛した王子、そしてその彼が愛した女性の頬を撫でる。
つまり自分の愛が成就せずとも、愛した者の幸せを願うというラストを用意していたのだ。
話としては美しいかもしれないが、こんなにも切ないことが他にあるだろうか。

 

そんなアンデルセンの思いは、1989年のアニメ版『リトル・マーメイド』にて「part of your world」を作詞したハワード・アッシュマンにも届いていたはずだ。
彼もまた、アンデルセンと同じくセクシャリティの問題で思い悩んでいたからこそ、アンデルセンの切実な行間に込めた思いを汲み取り、素晴らしい楽曲の作詞をしたのではないか?

そしてそこからバトンを受け継ぎ今作の監督を務めたロブ・マーシャルもまたゲイであることを公言しており、この作品は「自分の全てだ」と語った。
もちろん、この映画の根底にある「自分の知らない世界に思いを馳せる」という部分、これはすべての人間の持つ普遍的な感情であることは前提である。

 

編集長
むしろ、普遍的であるからこそ、ここまで長年愛される作品になったということはいうまでもない

 

そんな強い意志が現代に新しい意味を携えリメイクされたことには大きな意味があるのではないだろうか?
本当のアンデルセンの伝えたいメッセージが、これからの世界への願いとして蘇ったと言えるのだ。

 

乗り切れないことも示唆される

しかし、今作品はあるシーンをアニメ版から削り、とあるシーンを追加している点が非常にミソになっている。

まず削ったのは、前述したが「セバスチャン」と料理人ルイのすったもんだ劇だ。
そして追加されたのは、スカットルが初登場シーンで魚を食べるシーンだ。

 

これらのシーンは同様の意味を持つのではないか?
それは、先ほどまで「対話」で世界を変えようという、ある意味で綺麗事の押し付けにも見えるかもしれない。
説教くさいと思われてしう可能性もある。

しかしこれらのシーンが持つ意味は、その逆だ。
つまりどうしようもない関係、この世界観においては「食った」「食われた」という関係だ。

要は、理想の世界は実現させたい、でもそれでも「理解できないこともある」という、現実の厳しさの示唆だとも言える。
ただこれもバランスの問題で、あまりにそれを際立たせると、つまりセバスチャン対ルイスのような描写にすると、目立ちすぎるのだ。

だから、一見すると全く必要のないスカットルが魚を食すシーンを付け加える。
目立たないが、でも「なんで?」と疑問を持たせるシーンを残すことで、綺麗事として語りきらない意味を持つのだ。

 

現実ではどうしようもないこと、それでも理解できないこと、分かり合えないこともある。
こうした点も大きく取り上げず、でも映画の中に少しエッセンスとして残すことで、世界の本質というものも投影していると言えるのだ。

 

 

最後にこの評論を下記の言葉にて締めくくりたい。
これは『ガンダムUC』という作品の、とあるセリフの引用だが、この言葉こそ本評を締めるのに相応しのではないか。

たとえどんな現実が突きつけられようと、「それでも」と言い続けろ。

 

我々は世界のために「声」をあげる必要がある。
我々は世界のために、その声を「聞く」必要がある。

 

アリエルとエリック、彼らの進む世界の先には、さまざまな困難が待ち受けている。
しかし彼らは我々に示した、それが相互理解の方法だ。
「対話」をすること、相手の「心の声」を聞くこと。

当たり前かも知れないが、それが「世界を変える」キッカケになるのだ。

そんな世界の到来を願う今作品は非常につよいメッセージ性と、これからの世界への提言になっている。

 

まさに「無謀な挑戦」とも思えた名作のリメイクを、想像以上の出来栄えで現代にアップデートしてみせたこの作品。
ぜひ一度、鑑賞していただきたい傑作である。

 

文句は最後に・・・。

といつつ、今回大絶賛ムードではあるが、ただ少し文句もあるので最後に語っておきたい。

主に演出面の問題なのだが、アリエルが声を失い地上に出る。
そこで初めての地上世界のことを歌唱するシーンがあるのだが、そもそも声を失っている状態で、なぜ心の声とはいえ「歌声」をそのまま流すのか?
ここは正直映画演出として、全く上手くないと感じた。

 

もちろん今作がハリー・ベイリーの歌唱力を全面に押し出す狙いは十二分にわかるし、地上に出たアリエルは「声」が出せないと、この歌唱力を全面に打ち出せないのも理解できる。

なので、映画として彼女が声を出せない場面を出来るだけ少なくしたい。
それはよくわかるのだが、それでも映画全体の納得度を削る演出にはがっかりさせられた。

 

むしろアリエルが「声」を出せない場面は周囲のキャラクターの歌唱で繋げることだって出来たはずだ。
そして「映画」ならば「声」を出せない場面でも、演技次第でまるで「声」が出ているかのような感動を味わっている様子を、描くことだって出来るはずだ。

 

編集長
声がダメなら踊るとか、方法はいくらでもあっただろうに

 

むしろその後の集落にエリックとアリエルが訪れた際、そこではダンス、BGM、表情で地上の楽しさを全面に押し出す演出が出来ているのだ。
なので個人的には地上世界の感動を爆発させるシーンはこの集落のシーンまで取っておくべきだったと感じた。

逆にいうと、それ以外気になる点はなかったので、やはり今作は僕の中で、非常に出来栄えの良い作品だったと言わざるを得ない。

 

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