
今回は新作映画評論ということで、もしかすると大注目作品になるかも知れない作品を見てきました。
ということで、第95回アカデミー賞において、作品賞、監督賞(マーティン・マクドナー)。
主演男優賞(コリン・ファレル)、助演男優賞(ブレンダン・グリーソン)、助演男優賞(バリー・コーガン)、助演女優賞(ケリー・コンドン)、脚本賞(マーティン・マクドナー)、作曲賞(カーター・バーウェル)、編集賞(ミッケル・E.G.ニールセン)の主要8部門9ノミネートを果たした。
『イニシェリン島の精霊』を評論していきたいと思います。
この作品のポイント
- 話自体は、クッソしょうもないけど・・・
- しょうもないも度がすぎると立派
- 実はこういう「しょうもない」のが一番怖い
目次
『イニシェリン島の精霊』
基本データ
基本データ
- 公開 2023年
- 監督・脚本 マーティン・マクドナー
- 出演者 コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン ほか
あらすじ
舞台は本土が内戦に揺れる1923年、アイルランドの孤島、イニシェリン島。
島民全員が顔見知りのこの平和な小さい島で、気のいい男パードリックは長年友情を育んできたはずだった友人コルムに突然の絶縁を告げられる。
急な出来事に動揺を隠せないパードリックだったが、理由はわからない。賢明な妹シボーンや風変わりな隣人ドミニクの力も借りて事態を好転させようとするが、ついにコルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされる。
美しい海と空に囲まれた穏やかなこの島に、死を知らせると言い伝えられる“精霊”が降り立つ。
公式サイトより引用
その先には誰もが想像しえなかった衝撃的な結末が待っていた…。
しょうもない話だと思いきや・・・

基本的には「クッソ」どうでもいい話である
この映画を一言でというか、結論から言うと「クッソしょうもない話」である。
そもそもあらすじでも書いたが、舞台は1923年のアイルランドの「イニシェリン島」
そこで主人公パートリックは、呑み友達のコルムに突然「絶縁宣言」されてしまう。
基本的にこの映画は、パードリックが「なぜ絶縁されたのか?」を問いただすもケムに巻かれ。
そしてコルムもなぜ「絶縁したのか」の説明をすることなく、「退屈だから」としか言わず物語が進んでいく。
周囲の人間も基本的には「どうしたんだ?」と二人の絶縁状態の心配はしてくれるが、それでも何一つ答えが出ない。
基本的にはこれだけが描かれる。
言うなれば「クッソしょうもない話」しか描かれないのだ。
それと同時に描かれるのは、イニシェリン島と言う、本土から隔絶した孤島での生活が如何に退屈であるかだ。
毎日起きて、仕事をして、そしてパブで飲む。
それ以外の娯楽は存在しない島。
島民はそれに慣れてしまっているし、みんなここから出ようともしない。
「退屈」と言いながらも、その環境に順応してしまっているのだ。
さて、「退屈」と言うコルムだが、彼は一体なぜそうなってしまったのか?
やはり老年となり、何も刺激もない島の状況に、何かしらの変化を求めたのかも知れない。
なぜなら、コルムはパードリックを絶縁して以降、別の友達を作り「音楽」に没頭するのだ。
ここでパードリックは一種の嫉妬心に駆られて、あえてコルムの家に出向くなど、空気の読めない行動を繰り返してしまう。
それが祟って、さらに二人の関係は悪化もしていくのだ。
この彼の心情というか心理状態もわからなくはないが、非常に小学生じみた行動にしか見えないのだ。
だが、ここは絶海の孤島。
ここでは、その人間性が全てであり、それを失うことは「全て」を失うことと同義なのだ。
だからこそパードリックは、コルムにこだわっているのだ。
ちなみに、なぜ「退屈」なのに、みんな島を出ていかないのか?
確かに「島」が美しいとかそういうこともあるだろう。
そもそも、何もなくとも故郷だから、出ていけないというのもあるだろう。
しかし、「退屈」とはある意味で「人間」の「有限な時間」つまり「人生」を無駄に浪費する行為であり、実は一番の「贅沢」だ。
だからこそ、出ていかないのではないか?
と見ていて感じた・・・。
消せないレッテル
この孤島であるという点で苦しんでいるのキャラクターで、ドミニクというのも忘れてはならない。
彼は町の駐在警察官の息子でありながら、未成年で酒を飲むなど、「島の悪ガキ」「どうしようもない男」だというレッテルを貼られている。
しかし、それは彼のことを表現する「全て」の言葉にはなり得ない。
だが、この島はあまりにも狭すぎるし、一度「そうだ」と思われれば、払拭することなどできないのだ。
ドミニクはパードリックの姉シボーンに想いを寄せている(年齢は一回りはシボーンが上)。
だが、彼の好意からくる発言はシボーンには届かないし、シボーンは彼を毛嫌いしている。
終盤、パードリックの行き過ぎた嘘の告発でドミニクは「自分が唯一信頼していた人間の闇」を見て、彼と縁を切り、そして悲劇的な死を遂げる。
もしも彼が島から出て、人間関係をリセットできれば良かったが、彼はまだ若かった。
「孤島」という限られた空間で彼が生きていくには、そして失恋して新しい相手すら見つけられない場所であることは、彼にはあまりにも不憫な環境だった。
内戦の暗示と過剰反応
この作品では終始、外の世界、つまりアイルランド本土では内戦が繰り広げられていることが示唆される。
この内戦はイギリスからのアイルランド独立をめぐる流れで起きている。
干渉したいイギリスをパードリック。
その干渉から逃れて新しい道を歩きたいコルム。
実はこの置き換えが可能だということだ。
そう考えるとコルムの過剰なパードリックの反応も頷ける。
「自由を手にすることが出来なければ、反撃する」という。
まさに変化への覚悟の表れなのだ。
この作品で最も印象に残るコルムの指詰。
パードリックが自分に話しかけたら、指を切り落とすと宣言し、実際に指を切り落として玄関に投げつけてくる。
余りにも頭のおかしい行為。
だが当の本人は満足げという。
特に指を4本切り落とした後、パブで狂喜乱舞の音楽を奏でているシーンは唖然とさせられた。
これだけ聞くとまるでサイコスリラー映画だが、この指をどうするか?
その処理の仕方が、コメディチックなのだ。
だからこそ、ジャンルがコメディでもある。
特に「汚れたら返しにくい」と箱に入れて保管しておく辺りは、劇場でも笑うべきか、笑わぬべきか・・・。
迷う感じの空気感が非常に良かったりもしました。
ただ、これも上手いのは、1回目は「指」を拾ってあげた。
だけど2回目は拾わなかった。(まぁ4本投げつけたからね)
それがパードリックのペットのロバの死につながるという、どうしようもない遺恨の種になる。
最終的にはパードリックが怒りでコルムの家を放火するも、最終的には一旦の和解という流れ。
正直見ている側は全くついていけないのも、もはやこの感覚がこの作品の特徴だ。
あと死神っぽいおばさん、彼女が「イニシェリン島の精霊」という死のお告げをする存在だとは理解できるが、なんとなく彼女の存在が今後の嫌な予感も増長させる感もある。
ということで、物語の開始から「しょうもない喧嘩」の話が、回り回ってとんでもない方向に飛んでいく。
しかも、それが微妙に当時の時代と掛け合わされているという、不思議な味わいの本作。
めちゃくちゃエンタメ! というような作品ではないが、これはこれで面白い不思議な魅力のある作品ですので、ぜひ干渉してみてはいかがでしょうか??