
今日は、改めて鑑賞した「ONE PIECE STAMPEDE」について語りたいと思います。
この記事を読むと
- ONE PIECEファンは全員この映画をみるべき理由がわかる。
- ルフィが「なぜこの作品の主人公」たり得るのか、その理由がわかる。
少なくとも、これまでの「ONE PIECE」映画では間違いなく「最高傑作」だね
目次
「ONE PIECE STAMPEDE 」について
基本データ
- 公開 2019年
- 監督 大塚隆史
- 脚本 冨岡淳広/大塚隆史
- 原作 尾田栄一郎
- 声の出演 田中真弓/中井和哉/岡村明美/山口勝平 ほか
あらすじ
ルフィたち麦わらの一味は、主催者ブエナ・フェスタからの招待状を手に、海賊たちの祭典“海賊万博”の会場となる島へやって来た。
勢ぞろいした海賊たちの目的は、“海賊王(ロジャー)の残した宝探し”。
宝を手にして名を上げたい海賊たちの争奪戦が始まった。
だがその一方、祭典の裏に仕組まれた巨大な陰謀が動きだす。
さらには元ロジャー海賊団の“鬼の跡目”ことダグラス・バレットが乱入、ルフィたちの前に立ちはだかる。
WOWOW作品紹介ページより抜粋
劇場版「ONE PIECE」を早足で総ざらえ

日本においての作品の位置づけ
改めて僕が口にする必要もないですけど「ONE PIECE」の日本での位置づけって、最も売れている漫画・アニメコンテンツである。
そのことはもう揺るぎないものになっていると思います。
しかもトップで走り続けている時間が、まぁ長いこと。
僕もずっと漫画を買い続けてますし、映画があれば見にいきます。
アニメも時間があれば鑑賞してるし、本当に長いお付き合いをしているんです。
そういう方も多いのではないでしょうか?
ある意味で日本において「ONE PIECE」は「常識」と言っても過言ではないレベルと言っても言い過ぎではありませんよね?
それを証明するのに「海賊戦隊ゴーカイジャー」という戦隊の存在があります。
この作品、驚くほどキャラの位置づけや、設定を「ONE PIECE」からトレースしている。
- イエローをモチーフにしているキャラの「泥棒である理由」はそのままナミのトレース。
- ピンクのモチーフが亡国の姫、これは「アラバスタ」のビビ。
- グリーンのビビリはウソップ、しかも発明が得意。
- ブルーのゾロ的鍛錬心、そして剣士設定。(+隠しモチーフが元中日ドラゴンズの「高木守道」なんですけど)
- レッドはルフィをトレースしていないが「シャンクス」的存在との約束が彼の冒険の動機になっている。(約束のアイテムの存在)
などなど、子供向けコンテンツの「戦隊シリーズ」が割と「ONE PIECE」まんまの設定を盛り込んでいる。
このことから、「日本においての「海賊イメージ」が「ONE PIECE」である」と言っても過言ではないし、差し支えない思います。
ということで、「ONE PIECE」ファンは「ゴーカイジャー」も見ておくのは「オススメ」しておきますよー笑
本当に長い期間、トップに君臨しているんですよね
映画版「ONE PIECE」の歩み
まず本作の評論の前に、これまでの「ONE PIECE」映画の歴史をサクッとおさらいしておきます。
まずは1作目の「劇場版ワンピース」から「エピソード・オブ・チョッパー」まで。
ここまでの劇場版は、アニメに付随する、おまけコンテンツ的な色が強烈であった。
ただし、だからレベルが低いなどというつもりはありません。
僕は特に1作目が、これまでで最もレベルの高い「ONE PIECE」であると評価しています。
ちなみにこの「劇場版ワンピース」は「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」との同時上映。
「東映アニメ祭」の中での一作に過ぎなかったんです。
「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」は細田守監督の出世作として、いまだに大変高い評価を得ている。
そしてこの作品をセルフリメイクした「サマーウォーズ」
これらの作品をご存知の方も多いのではないでしょうか?
当時は「ワンピース」目当てで見た層が、「デジモン」の魅力に引き込まれた。と言われていましたね。
そして現在では、映画としての評価は完全に「ぼくらのウォーゲーム!」が高くなっています。
ただ、当時の僕はむじろ逆の感覚を持っていた記憶があります。
当時、個人的には「デジモン」が好きで、「ワンピース」がおまけだと思っていて「ワンピースって面白い」って思わせてくれたのが1作目の映画。
この作品のおかげで「ワンピース」と出会えたのでこの1作目は、思い出の作品になってます。
ちなみにこの1作目。
安直に考えうる「ワンピース」のオチ的なところを先取りしている作品でもあって。
つまり「宝よりも冒険した時間こそが宝だ」エンド。
これを真正面から描いている。
もしも「ワンピース」が人気低迷し、途中打ち切りになっていれば、おそらくこの劇場版は「最終回」的な意味を持ったに違いない。
おそらく東映も「ワンピース」がまさかこんな人気になるなんて、思っていなかったからこそ出来た作品だと言えるでしょう。
しかしそこから「ワンピース」は飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を加速させた。
ぜひ機会があればこの1作目の「ONE PIECE」もぜひ見てくださいね
しかしそれと反比例するように映画作品は、微妙な作品も増えてきた。
「アラバスタ」と「チョッパー編」の焼き直しリメイクなど、わりとネタ枯れをしている作品が増え、映画として評価しにくい作品が多くなってきていた。
(そりゃ、これらのエピソードは作品でも屈指のクオリティなのでリメイクしたい気持ちもわかりますよ)
その流れを断ち切ったのが劇場版の12作目「ストロング・ワールド(以下S・W)」だ。
実はこのあたりから「劇場版」に託されるものの本質が変わってもきた。
それはルフィたちが仲間とともに活躍するシーンを描くことだ。
本編では時間が経つにつれ、「麦わらの一味」が一同に活躍するシーンが減ってきていた。
特にS・Wの頃は「戦争編」でルフィと仲間は離れ離れになってしまっている。
そこから「フィルムZ」「フィルムゴールド」と続くが、この時期、原作やアニメは「ドレスローザ」や「ホールケーキアイランド」と麦わら一味が二手に別れている。
つまりファンは「麦わらの一味」が勢揃いしている絵に飢えている時期でもあった。
だからこそ、S・Wまでの作品で「麦わらの一味」勢揃いしても感動もなく「いつものやつ」
そう飽きてしまった観客も、S・W以降は、その絵が見れるだけで、無条件に上がるという下地が出来ていたのだ。
つまりここ最近の映画3作品は「麦わら一味」勢揃いだけで、「オールスター興行」なり得ていた。
ただ今作はまた微妙にそこから前提が変化している。
原作・アニメで「ワノクニ編」に突入しているが、ここでは、「麦わらの一味」がひと所に集まり活躍している。
そして今後もそういう展開が続いていくことは予想できる。
つまり「一味」勢揃いだけでは物足りない感が強くなる時期なのだ。
だからこそ今作は、「ワンピース」人気キャラを勢揃いさせる、作品内オールスターの形をとった。
時期的にもベストなタイミングだったと言える。
(展開的にも主要人気キャラがこの先、死亡展開も予想されますしね)
ポイント
✅今作から「ONE PIECE」劇場版に託すべき意味づけが変化している。
「ルフィが主人公」である理由に迫る物語

ルフィとウソップの物語を描くことで、ルフィの主人公性を際立たせる
という訳で、前置きは長くなりましたが、とにかく今作が「オールスター」なのは割と必然というタイミングでね。
ただ僕は今作、描かれたテーマは「なぜルフィがワンピースという作品の主人公なのか?」
このテーマが深く描かれていたという印象を受けました。
そして、この「オールスター」という点もこのテーマを強く印象づける効果を与えていると思います。
「ルフィ」の強さとは何か?
今作の敵キャラであるバレットとルフィの対峙。
二人の理想が真逆であるからこそ、この点が強烈に浮き彫りになる今作。
二人が口論する際も、お互いに真逆の理想を掲げる。
「仲間」といるから強くなれると叫ぶルフィ。
「仲間など弱さ」と吐き捨てるバレット。
ちなみにバレットの考えは、そのままウソップという存在の「否定」であると言い換えてもいい。
しかし観客には「海賊王であるロジャー」がどちらの考えに近いのかも提示されている。
伝説となった男の影がルフィとシンクロしているかのように見せることで、「なぜルフィがこの物語の主人公」なのかを描き続ける。
オールスターもそのテーマに完全に組み込まれている。
なんらかの因縁のある敵が、なぜかともにルフィの隣でともに戦うことになる。
これもルフィがの主人公である理由の一つだ。
本編でも、彼がなぜか周りの人間をまとめ上げて、大きな波を起こすことは何度も描写されている。
今作のオールスターは「ルフィ」の「主人公」足り得るかを強烈に印象づけるアクセントなのだ。
オールスターといえば、今作の舞台では「ノック・アップ・ストリーム」「シャボン玉」「海列車」
など、今までルフィが旅をしてきた島のギミックが詰まっており、舞台装置もオールスターであると言える
そして今作を見てもっとも観客の心を揺さぶる「ウソップ」
一味の中でもっとも僕らに近い、狂言回しの役目の彼。
敵にはビビるし、嘘はつく。
化け物じみた一味の中でもっとも庶民的なウソップ。
そんな彼が勇気を振り絞り、バレットに立ち向かう姿、不覚にも僕、ルフィを必死に守るシーン。
敗北したルフィを担ぐシーン。
ウソップ関連のシーンは全て泣けました。
そしてウソップのような人間が一味にいる。
ルフィと彼がともにいること。
つまりそれこそがルフィの強さでもある。
ルフィにとって仲間は「強さ」が重要なのではない。
何かしらの弱さを抱えていても、一緒に冒険したい人間と、「ワンピース」を目指し冒険することにこそ意味があるのだ。
ただ本作はそこで終わらない、それが勝利の鍵になるのだ。
ルフィのため、勇気を振り絞り強敵に立ち向かったウソップが放ったヘナチョコの一撃が、バレットの動きを封じる。
これは「仲間」を思うこそ、その思いが結実する瞬間でもあるのだ。
それが本作最大の敵を打ち倒すワンロジックになっている。
「ワンピース映画」いや「ワンピース」という作品ににありがちな、「強さのインフレ」で強敵に打ち勝つというのではなく、こうしたロジックがあること、そしてそれとカタルシスが宥和している。
この決着の付け方も「仲間」という存在を否定しないルフィが主人公であることの深掘りになっているのだ。
ここだけで「ハイ、100点」って感じで、両親指立ちましたね
ポイント
✅ルフィとウソップの関係性を描くことが「ルフィ」の「主人公性」を際立たせる。
✅バレットの理念は「ウソップ」の否定と言っても過言ではない、そして本作はそのバレットの理念を「否定」する物語。
(皮肉にもウソップの一撃が彼を打ち負かす要因になる)
✅ウソップはやはり「第二の主人公」であると言える。
そこまで描くのか? という太っ腹な映画

敵の「巨大表現=強さ表現」についての「良し・悪し」
今作は前述したようにオールスターという側面もあってか、前作「フィルム・ゴールド」のような「麦わら一味」一同で戦闘シーンはない。
そこは個人的には残念ではありましたが、今回は、「一味勢揃い」に関しては、原作・アニメで描けるということもあってか、思い切って省いているあたりも、今作に関してはよかったと思います。
あとこれは、映画だけの問題ではないけど、ワンピースという作品で敵の強さを表現する際に、敵を大きく描きがちなんですよ。
それが逆に弱そうにも見えてしまう。
この点を僕は結構ワンピースのダメなところだと思っていて。
「ドラゴンボール」での「フリーザー」くらいちっこくて強そうな敵を出せって思っているんです。
そして案の定、今回もバレットが巨大化する。
それも割とアホかってくらいにでかいんですよ。
で、巨大化したら、「やっぱ、こいつ弱そう」になった感があるんです。
ただ、今回のバレットの巨大化は一概に「ダメ」と言えない、むしろ今回はその巨大化に「物語」としての必然性があるんです。
バレットは口では「仲間」を否定しながら、本心ではそれを否定できないでいる。
ロジャーとのシーンが度々フラッシュバックすることで、「そのことを認めまい」と必死にロジャーの考えを否定しようとする。
しかしバレットはそれでも「もしかしたらロジャーが正しいのでは?」と迷うのだ。
だからこそ必死に身の回りを武装をして、心の弱さを否定する。
そして巨大化する。
彼の巨大化からはそのことがにじみ出ている。
この巨大化は「必死」に自分を肯定し、自分の心を隠す行為だと言える。
これは演出含めて意図的だと思います。
前作でのテゾーロといい、最近の劇場版の敵は巨大化の際に、自分の心の弱さを必死に包み隠そうとする演出が続いている。
このことから最近は「巨大化」は「悪い」とも言い切れなくなってきている。
ポイント
✅バレットの巨大化は「自己肯定」という切実な思いの現れでもある。
✅最近の「巨大化」は「心の弱さ」のカモフラージュと言える。
「ワンピース」という存在に最も迫るエピソード
今作を語る上で、一つ忘れてはならいことがある。
それは「ワンピース」獲得寸前まで描いたことだ。
「ONE PIECE」という作品で「ワンピース」というお宝を手に入れるのは、物語の完結を意味する。
今作品は、そこに至る最大の手がかりを巡る戦いである。
今まで作品を見てきたからこそ、「えっ、そこに『ワンピース』あんの!?」的な驚きで非常に見入ってしまった。
そして、物語の根幹に携わるアイテムだからこそバギーが「ワンピースがそこにあってもバレットとは関わりたくない」というセリフは「それほどにバレットが強いのか」という説明として完璧だった。
観客として、箱の中身が「ワンピース」であることの提示される展開。
ここまで「ワンピース」というものに近づいてしまうと、物語に否応無く引き込まれる。
そりゃ、もう20年近く「ワンピース」に親しんでるから、それはやっぱり、引き込まれざるを得ないというものですよ。
そして、それを手にしたルフィの決断。
このシーンはアラバスタ到達前。
ロビンから渡された「ログ」を割るシーンを彷彿させられました。
そもそも、ルフィは「結果」よりも「過程」にこそ重きをおいている。
そのことを再度描くことで、「仲間」との冒険が彼にとって重要なのだ。ということを再度描く。
だが、その決断も「ルフィがなぜ主人公なのか?」というテーマへの深掘りになっている。
エンドロール後、ロジャーの「我々には早すぎた」というセリフ。
つまり時間をかけてそこに辿り着かないといけない。ということを示唆している。
そのことで「ルフィ」が「過程」を重視する姿勢それ自体にも、実は意味があることを提示して物語の幕が降りる。
この結末も含めて「うまい」んだなぁ
ポイント
✅決断も含めて最後まで「ルフィ」が「なぜこの物語の主人公なのか?」を描く。
✅上記のテーマを一点集中して描ききる、その姿勢が素晴らしい。
BGMもオールスター
作品が20年以上続いていることで、非常に耳馴染みのある楽曲も増えている「ONE PIECE」
「ウィーアー!」「ウィーゴー!」とやっぱり歴代でも上がらざるを得ない、作品を象徴する主題歌が流れるシーンがいくつもある。
ここももちろん大興奮なんですけど、今回は緩急の「緩」のBGM使いがニクい。
特にウソップがボロボロになりながらも瀕死のルフィに語りかけるシーンで、小さく「Memories」が流れる。
これは、歌詞の意味も含めて涙腺にきちゃいますよ。
やはり、20年以上「ONE PIECE」を見て育った立場としては、こういう歴史を感じさせる演出は涙腺崩壊を誘発させられましたね。
今作品を振り返って
ざっくり一言解説
ONE PIECE映画、最高傑作!!
映画としてもレベルの高い一作です!!
まとめ
そうそう、本作では「海賊万博」という催しが鍵なんですけど、「万博ぽさ」(万博ぽさってなに?って思いますけど)がないこと。
敵であるバレットへに対して「お前もう直接海軍本部行って船吸収して大将倒せ」
「四皇の縄張りに突っ込んでいけや」といろいろ突っ込みたくはなりました。
ただバレットに関しては、フェスタのロジャーへの嫉妬心からくる計画への協力。
ある意味で共通の「認めたくないけれど、認めざるを得ない存在への嫉妬心」があるので、そこはまだうまく処理していると思います。
でも、そんな指摘をすることを野暮だと思えるほど、素晴らしい点が描かれた今作品。
特に敵に勝利するワンロジックがウソップという、超感動ポイント。
原作を含めても、ここまでバトルでの勝利のロジックがしっかりしているのは今までなかったし、本当にえらいと思います。
そういうロジックがしっかりしてるものが好みの傾向にある僕は非常に満足しました。
そしてこのロジックが、ただのロジックであること以上に「ルフィが主人公である理由」という点にまで切り込んでいる点は本当にえらい!!
ということで、少なくとも「ONE PIECE」映画史上でNo. 1作品だと断言しますし、ファンの方々や、「ONE PIECE」最近見てないって人にもオススメできる作品です!!
今作を振り返って
- 「ONE PIECE」映画史上最高の一品である。
- ルフィが主人公である理由を証明する作品である。
- キーマンがウソップ。彼のシーンは全て「泣ける」
ということで、読了お疲れ様でした!
また次回の記事でお会いしましょう!!