映画評 評論

【映画記事】「蜜蜂と遠雷」は僕らの「五感を呼び覚ます」

2020年4月29日

原作のファンだから、その良さを壊しているのでは?
という先入観で"もし"鑑賞していないのならば、それは勿体ない。

ということで今日も映画のご紹介!

今回は「蜜蜂と遠雷」です。

この記事を読むと

①邦画も素晴らしい作品があることがわかる

②原作を大胆アレンジ、その巧みな手腕がわかる

③勝ち負けよりも大切なものがわかる

④世界に満ちる”音”に耳を傾けたくなる

今日はいつにも増して気合を入れて評論するよ!

「蜜蜂と遠雷」について

基本データ

  • 公開 2019年
  • 監督/脚本 石川慶
  • 原作 恩田陸
  • 出演者 松岡茉優/松坂桃李/森崎ウィン/鈴鹿央士

僕は原作も大ファン!!

▼あらすじ▼

ピアノの天才たちが集う芳ヶ江国際ピアノコンクールの予選会に参加する若き4人のピアニストたち。

母の死をきっかけにピアノが弾けなくなったかつての天才少女・栄伝亜夜は、7年の時を経て再びコンクールへの出場を決意する。

音大出身だが現在は楽器店で働くコンクール年齢制限ギリギリの高島明石は、家族の応援を背に最後の挑戦に臨む。

名門ジュリアード音楽院在籍中で完璧な演奏技術と感性を併せ持つマサル・C・レビ=アナトールは、優勝候補として注目されている。

そして、突如現れた謎の少年・風間塵は、先ごろ亡くなった世界最高峰のピアニストからの「推薦状」を持っており、そのすさまじい演奏で見る者すべてを圧倒していく。

熱い戦いの中で互いに刺激しあい、それぞれ葛藤しながらも成長していく4人だったが……。

さぁ今日もネタバレを含みながらの解説となりますよぉー

「映画化不可能」と言われた原作、高すぎるハードル

小説だから可能な「音楽表現」

原作ファンの僕は最初「映画化」と聞いた時、そんなバカな・・・
と思ったんだ!

そもそも、原作者の恩田陸さんが「これは小説という媒体だから描くことができた」と言っている。
それは「”音楽”を”文章”で表現している」ということだ。

これは当たり前のことだが・・・。

「原作」(つまり小説だが)では、登場人物たちの超絶技巧のテクニックや、そこに込める思い、メッセージを読者がイメージとして補完することになる。
そして「こういう音楽」が奏でられているんだ。と読者各人が脳内でその情景を思い浮かべる。

つまりあくまでイメージやニュアンスは、読み手に委ねることで成立しているのだ。

「映画」として「表現する」には実際に見せなければならない

しかし、それを映画として表現するには、これも当たり前だが「実際」に「音」として出さなければならない。

しかも各人のキャラの持つ「独自性」「天才性」それらに「説得力」を持たせ、「実在感あるもの」として見せなければならない。

これは考えるに、非常に高いハードルである。

同様の表現に挑み、失敗した作品もある。
数年前にあった「BECK」という作品では、主人公コユキの「天才的歌声」を「映画表現」にする際「鳴らさない」という、とんでも表現で逃げたのだ。

「天才」の「音楽」を実際に見せるのは、困難だと思った。
だから僕は実写化を不安視してたんだ

正面突破の「映画表現」

この作品では、4人の天才的「音楽演奏」を、現実に存在する四人の「天才音楽家」が実際に演奏する。という方法で乗り越えている。

さらに、それぞれ4人が自由に旋律を奏でる「カデンツァ」
それも、実在する四人の音楽家に作らせている。

その実在する4人の演奏に合わせて、松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士が演技をする。

本当に音楽に詳しい方ならば、その表現のハッタリは見抜けるかもしれないが。
少なくとも僕らのような「詳しくないもの」からすると、そこには異常なまでのリアリティが画面から押し寄せてくるのだ。

「天才を表現する」ために「天才を使った」ということだ!

周囲のリアクションがそれを後押し!

また主演4人の演技もさることながら、それは大前提ながら、斉藤由貴さん演じる三枝子のリアクション。
鬼教師ナサニエルの満足気な表情。

調律師の「うめぇ」という何気ない感嘆の演技。
彼らの存在感がリアリティに満ちているので、それろ見ている我々も次第に「これはすごいんだ」と乗せられてくるのだ。

個人的には調律師の「鳴ってんなぁ」はナイスリアクションでした!!
わかります!?笑

そして強烈な説得力を帯びて、我々を虜にしていく。

本当にここまで正面突破で「映画的音楽表現」をしてくるとは、まいりました!
というほかない。

物語にも大幅なアレンジを加えている

群像劇から、4人の物語へとシフト

原作は「芳ヶ江国際ピアノコンクール」に出場する4人はもちろんのことだが、それに携わる人々の視点からも語られる。
いわば「群像劇」的な作品となっている。

だが映画では大胆にもそこをバッサリとカットしている。
例えば「亜夜」が「何故コンクールに出るのか?」という原作にはあったエピソードもカットし、さらに原作ではメインキャラとなる「奏」は登場すらしない。

さらには原作で大きなウェイトを占めていた「風間塵」の「異端な音楽スタイル」の是非に対する、審査委員内部の議論の紛糾。
「音楽史」を重んじるが故に認められない。という「拒絶」
「創造」は「破壊」からしか生まれないという「肯定」

二つの意見がぶつかりながらの「音楽論争」的な、原作でも目玉のエピソード。これも思い切って大胆にカットしている。

さらには物語の目玉を大きく絞っているという点も特筆すべきだ。
音楽シーンとしての見せ場を、二次予選の「カテンツァ」本戦の「オーケストラとの合奏」に絞り込んでいる。

その分、原作以上に深く語られている部分もある!

「勝ち負け」よりも「大切なもの」がある

この作品は「音楽の素晴らしさ」に一点集中して見せている作品だ。
主役の4人は少なくともコンクールの「勝敗」以上に大切なものを、このコンクールで見つける。

それはコンクールは互いに「高め合う場」だと言うことだ。
そして「音楽」に触れる喜びを知る場でもある、それは他の演奏者から刺激を受け、認め、自分自身をより成長させるのだ。

だが見つけられない者もいる。

例えば「ジェニファ・チャン」という人物は「勝利至上主義」の典型例だ。
「ピアノの調律が悪い」と調律師にイチャモンをつけるし、「素人と同じにするな」と他のコンテスタントを舐めた発言をする。

現実のコンテストでは「勝敗」のため「互いを蹴落とす」世界かもしれない
でもこの世界では「そうではない」

だから彼女は敗北するんだ

「高島明石」の場合

チャンが「素人」と侮った相手は「高島明石」という努力の人間だ。
彼は「音楽しかしていない人間には、たどり着けない”領域”がある」と信じて努力し「生活者の音楽」を生み出そうともがいている。

元々は彼も「勝敗」に固執していた。だが、彼はそれ以上のものを学ぶのだ。

自分で自分を「ロッキー」と称した明石。
「ロッキー」と同じように彼は、コンテストに出場することで、「勝ち負け、以上の大切なこと」に気づく。
それは「音楽を愛している」ということだ。

そして彼の「音楽」つまり「カデンツァ」が迷える亜夜の覚醒に寄与する。
そして彼女の覚醒が塵、マサルにも影響する。

彼は、自ら線引きをした線の向こう側、つまり「天才」の側に自分は入れない。と吐露した。
確かに線の向こう側には行けなかった。でも、彼の音楽は、向こう側の人間をより成長させることに繋がったのだ。

彼の「生活者の音楽」は確実に彼ら「天才」にも影響を与えたのだ。

そして「天才でなくても」「勝てなくても」
「音楽を続けてもいいんだ」という結論に達する。

普通の人間も「音楽」を続けることに意味があると気づいた彼の存在は大きい。
この映画が「選ばれた天才」だけが「音楽をする」という「音楽」を「限られた者」だけがするという結論にならないのは、彼の存在があるからだ。

「マサル」の場合

彼は優勝候補で、圧倒的な実力者だ。天才ひしめくこの物語の中でも頭ひとつ抜けた存在である。

彼は「ナサニエル」という教師に師事し、彼の「完璧な音楽」を一身に体現する存在だ。
「カデンツァ」をしっかり練り上げてくるあたりの真面目さにその教えが滲み出ている。

そういう視点から言うとマサルは明石と同タイプの「努力の天才型」だね
反対に「亜夜」と「塵」は「直感型タイプ」と分類できるね

だが、亜夜、塵たちと出会い彼は変わる。

彼らの「型にハマらない」自由な音楽の良さに気づいて、それに共感する。
そして少しだけ「窮屈」な「型」から飛び出て、ささやかな自己実現をする。

先生の顔色を伺うばかりではなく、時にはそれを超える、そのため「勇気」を学ぶのだ。

それが「今の音楽家」が「演奏だけしかしない」という型にハマっている現実を変えようとする「彼の夢」を後押しすることになる。

「塵」の場合

そもそもコンクールに参加している理由は「父にピアノを買っておらうため」と言う彼。最初から勝敗には無頓着だ。

コンクールの演奏も大好きなピアノを思い切り弾ける場所だとしか思っていない。

そして「スタイル」は「自由」
それが時に審査員受けしないのだが、そんなことお構いなし。

彼の二次予選の演奏シーンに注目するとそれが顕著だ。
カメラワークが縦横無尽に彼を写し、真下のアングルから彼を写したときの表情は「無邪気」
だがそれが「悪魔」のようにも見える。実際に彼の演奏は「修羅の厳しさ」を表現しているのだ。

それをみた審査員たちの表情に注目していただきたい。
前述した「リアクションの良さ」が「説得力に繋がる」と言う意味がわかるはずだ。

そしてこの見せ方があるが故に原作から大幅に「彼の異端さ」を論じるシーンを削っているにも関わらず、映画的表現でその「異端さ」を見事に描いているのだ!

だが彼は「同種の天才」である「亜夜」との出会い、「明石」の音楽を知ることで、「音楽の奥深さ」を少し学ぶ。

だが彼は元々、「勝負に興味がない」「大切な物」しか知らない「天使のように無垢」な存在だ。
だからこそ、時にその無垢さが牙を剝くという危うさも描かれている。

そして彼は「亜夜」という同種の天才を見つけるのだ。自分と共に「”世界を鳴らす”掛け替えのない存在」を。

「亜夜」の場合

この作品は彼女の物語だ。
最も他の人物から「影響を受ける」のが彼女だ。

元々は母親の師事を受けた「元天才少女」で「母の死」をきっかけに「ピアノ」から逃げ出してしまう。
そんな彼女が再び再起を目指す本作。

元天才ながらテクニックは健在だが、自分に自信が持てない。
そこで「明石」の「カデンツァ」で奮起。
「塵」との邂逅で彼がかつての「自分の生写し」だと気づき、かつての自分を少しだけ「思い出す」
「マサル」の成長した姿に「追いつきたい」と願う。

「世界に音が満ちている」幼少期の感覚を失った彼女が、再びそのことに気づく。
その感覚を取り戻すことは「勝敗」以上の価値があったのだ。

そして「いなくなった母」は「自分のピアノの中に生きていた」ことに気づく。
僕には「カデンツァ」の後の万雷の拍手が「雨粒」のように聞こえた。
それは「彼女」が「世界から拾い上げた最初の音」なのだ。

だが、彼女はまだ復活できない。
もう一つの大きすぎる「戦い」が待っているのだ・・・。

最大の試練「本選」

この本選はクライマックスとして用意されていて、原作からもかなり改変されている要素だ。
ここでは「音楽の厳しさ」がフォーカスされる。

指揮者「小野寺」のキャラが大きく原作と違う

本選は世界的な指揮者である「小野寺」率いる「オーケストラ」と合わせる課題だ。

この小野寺は原作よりもかなり「高圧的人物」になっている。
彼は「コンテスタントのレベルに合わせない」という宣告をする。

そこでマサルと亜夜は大きくつまづく。

マサルはリハーサルで「自分の要望」通りオケが合わないと主張する。
それは経験と自信からきているのだが、それを主張すると「自身のレベルが低いから」と一蹴される。
そこで自信たっぷりだった彼に初めて「困惑」の色が滲み出る。

亜夜はそもそも「オーケストラとの合奏から逃げ出した」というトラウマを抱えていて、その記憶が蘇り実力を発揮できず「ピアノが弾けなくなってしまう」

しかも曲目が、逃げ出したときの曲目と同じなんだ

二人は絶対的なピンチに陥る。

塵はそんなこと気にしないで、リハーサルはしないマイペースだけどね笑

厳しさの意味

小野寺の厳しさには「音楽家としてのプロ意識」がある。
コンテスタントたちは、天才といえどまだアマチュアだ。

プロとして「お金をもらっている」ことの責任感を彼は持っている。
それは、今作でも「三枝子」「ナサニエル」のシーンで少しだけ語られる、「ピアノで生きていく厳しさ」に通ずる。
「ピアニスト」として「食べていける」のは本当の一握り、そしてそんな存在は生半可な覚悟で務まるものではない。

先ほど「勝敗以上」のものはないと僕は言ったが、小野寺の存在が「ピアニスト」として生きていく上で「覚悟」は必要なのだ。という現実的な問題提起を我々に訴えかけてくるのだ。

だが逆に彼は本気で「いい音楽を作ろう」と必死なのだ。「厳しさ」はそういう現れでもある。

ここまでの物語では、4人の天才がコンクールを通じて高め合ってきたが、この小野寺の存在もまた、彼らを高める存在でもある。
彼もまた「音楽に魅せられた一人」なのだ。
そういう意味で彼は亜夜やマサルと変わらないのである。

そして誰よりも本気で彼らと向き合っているのだ!

乗り越えた先に

マサルは必死にこの難題を努力して乗り越える。
今まで合わせられなかったところを完璧に合せた時、小野寺は微笑む。前述の通り「彼もいい音楽」を生み出したいという思いは変わらない。
そしてフルート奏者の安堵する演技も本当に注目ですね。

この経験はマサルをより「音楽家」として成長させたんだ

塵は、ここでも天才。
正直彼は「音楽に愛されている」だからこそぶっつけ本番で完璧に合せてしまうのだ。

では亜夜はどうなのか。
先ほど「音楽に満ちている」ことを再認識した。
大好きな母は「ピアノの中に生きていた」といったが、それでもトラウマに打ち勝てない。

冒頭での印象的な躍動する馬のシークエンス。でも今の彼女が見るイメージの馬は「朽ちて動かない」のだ。
これはどういう意味だろうか!?

馬は彼女の心を表している。
世界に「音楽が満ちている」と知っているにも関わらずトラウマで動けない彼女そのものなのだ。

そんな彼女を引き戻す「塵」
彼は迷う彼女に語りかけているのだ。
「共に”世界を鳴らそう”」と。

だからこそ塵は決意をした彼女に「おかえり」と、その帰還を祝福するのだ。

そして再び止まった時を動かす決意をした彼女の演奏。

これはもう実際に見た方なら言わずもがな、屈指の名シーンに仕上がっているので要チェックだ!

映像面・キャスト面でも高評価できる理由

ルックのかっこよさ

この映画もう一つの特徴は「ルック」のかっこよさであると言える。
特にマサルのランニングシーン。
そこでのビルの写し方、こんなかっこいい映像「邦画」では中々見られない。

三角に天に伸びる階段を真下のアングルから写すという視点。

小野寺の「ホフマン追悼」コンサートでの左右対象なステージ。

どのシーン一つとっても手抜きなしというのが伝わる、かなり熱のこもった画面作りが良し!

非常に考え・工夫が凝らされた作りがGOOD!

キャストのハマり具合

「森崎ウィン」の「マサル」の品に溢れる気高さ。
天才で性格がいい。意外と難しいキャラだと思うんですけど、でも彼のミスした時のイラつき。みたいなものが垣間見える。
当然ハマり役だったと思います。

そして最大のサプライズは「鈴鹿央士」の「塵」
無垢な天才。まさに彼そのもののにしか見えない存在感。
童顔だけどどこか「悪魔」のような二面性も兼ね備えた存在、そしてちゃんと「異物感」もする。
これがなくてはここまでの作品にならなかったであろう。

「広瀬すず」が彼を見出したというエピソードも有名だよね

「松坂桃李」演じるは「明石」は僕らに一番近い存在だ。
だけど必死な形相。そこにある異常な熱意をきちんと表現していた。
負けを認める表情、けれど「音楽」を続けようと決めた時の晴れやかな表情。
何度もいうが今作品が「選ばれた天才」だけの物語にならないのは、彼の存在感の大きさゆえと言える。

「松岡茉優」=「亜夜」
彼女の仕草はどれも天下一品だし、やはり「若手ナンバーワン女優」の看板に偽りなしでしたね。
ピアノを力強く弾く、その時の力の入り具合。そこに説得力がある。だからこそ我々は魅了されてしまう。
ラストの演奏後の表情もまた素敵でしたねぇー。

何度も言うけど、リアクションする演者のスキルも本当に素晴らしかった!
完璧と言えるアクトを見せてくれてて、本当にすごいとしかいえないです!

今作を振り返って

ざっくり一言解説!

邦画もまだ死んじゃいねぇ!

こんな素晴らしい傑作が出てくる「邦画」が死んでるわけないんだ!

まとめ

不可能と思われた「音楽表現」に果敢に挑み、そこに説得力を持たせる。まさしく「音楽映画」である今作品。
作り手たちもそこを第一に考えた結果、異常なまでの「説得力」を帯びた「熱量」のこもった作品に仕上がっている。

それは演者全員のベストアクトの賜物だと言える。

そして最後には「音楽の喜び」が満ちている。
我々はそれを一身に浴び続ける。全くクラッシックの知識もないのに、そこにノってしまう。

世界は「音」に満ちている。

この映画を見て僕も世界の「音」に少し耳を傾けようと思う。
まさしく「五感が蘇る体験」ができた。

ぜひ、チェックしていただきたい作品だ。

というわけで、今日もお疲れ様でした!
また近くお会いしましょう!

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