映画評 評論

【映画記事】「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」アニメ版に潜む問題点とは?

2020年8月1日

 

このブログを初めて4ヶ月、今日はいつもと違うトーンでお届けします。

ということで「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の話を今日はします。

 

この記事について

  • 原作の「本質」を捉えてきれてない「アニメ版」
  • 問題点を指摘する方向で評します。
  • 「もしも」で「何かを決定的に変えてしまう」それを「是」とした件について。

 

編集長
今回はちょっと「言いたいこと」が多いです

「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」について

基本データ

  • 公開 2017年
  • 総監督 新房昭之
  • 監督 武内宣之
  • 脚本 大根仁
  • 原作 岩井俊二(同名テレビドラマ)
  • 声の出演 広瀬すず/菅田将暉/宮野真守/松たか子 ほか

 

あらすじ

夏休み、とある海辺の町。

花火大会をまえに、「打ち上げ花火は横からみたら丸いのか?平べったいのか?」で盛り上がるクラスメイト。

そんななか、典道が想いを寄せるなずなは母親の再婚が決まり転校することになった。

「かけおち、しよ」なずな典道を誘い、町から逃げ出そうとするのだが、母親に連れ戻されてしまう。

それを見ているだけで助けられなかった典道。

「もしも、あのとき俺が…」なずなを救えなかった典道は、もどかしさからなずなが海で拾った不思議な玉を投げつける。

すると、いつのまにか、連れ戻される前まで時間が巻き戻されていた…。

何度も繰り返される一日の果てに、なずなと典道がたどり着く運命は?

タワーレコード商品紹介ページより抜粋

今作が好きな方は読まないでください

アニメ化する際に「殺された」部分

原作の”よさ”とは?

見出しにも書いたように、この言い方でわかると思いますが・・・。
僕は今作品「問題」のある作品だと思います。

 

最初に結論めいたことを言っておくと「どうしてこんな物になってしまったのか?」と首を捻る点が非常に多いです。

 

ですので、最初にも書きましたが今回は「問題を論う型」の評になりますので、ご注意を・・・。

 

ということで、まず今作の原作にあたる「テレビドラマ版」についてどう思っているのか?
そこを切り口に語っていこうと思います。

そもそも、今作のテレビドラマ版は「if もしも」というテレビ番組内で放映された「オムニバスドラマ」の中の一本である。
制作体制やタモリ氏のナレーションなど、事実上「世にも奇妙な物語」のスピンオフだと言ってもいい番組だ。

 

if もしも…

人が皆、孤独な旅人であるとしたら、貴方はやがてある二股の分かれ道に突き当たるのです。

右に行くべきか左に行くべきか貴方は大いに迷う。或いはうっかり気づかなくて通り過ぎてしまう。

かくして現在の貴方があるわけですが、ひょっとして別の道を選んでいたほうが幸せになれたかもしれないのです。

もしも、こっちを選んでいたら…

if もしも…

番組冒頭より抜粋

 

原作はアマゾンプライムビデオ、UーNEXTで配信中です

 

で、そもそも原作の「いいところ」と僕が思っているのは、実は「もしも」が起こっても、結果は、大きくは変わらないというところだ。

 

実人生において「もしも」などという後悔をしても結果は変わらない。
この「もしも」が起きても、起きまいと、結果は大きく変わらない、それはある意味で、実人生にちかいのだ。

 

ただ、そこに一瞬でも「淡い」そして「ビター」な瞬間が、過ぎ去った青春の、その「ありえたかも知れない可能性」を美しく描いたのが原作なのだ。

 

ちなみに原作と、アニメ版で分岐する1番のキーポイント。
(原作では「ココ」でしか時間軸移動は行われないのですが・・・・)

 

それは「なずな」が「典道」か「祐介」のどちらかを「花火大会」に誘うのか、そのきっかけになる「クロール対決」の「勝ち」「負け」だ。

 

原作は、そのどちらの結果になっても「なずな」と彼女に思いを寄せる「典道」は、どうしたって、別れてしまうのだ。

ここでポイントになるのが「花火を下から見るのと、横から見るのでは、見え方が異なるのか?」という点だ。

 

ちなみにこれ、一応ですよ、一応です。
正解はどこから見ても「丸く」見えます。

 

原作では最後にそれを「2つの場面」「下」「横」から登場人物が見るのだが、結局「丸」に見える。

それは「もしもあの時」という「もしも」があっても、結末は「ある意味で変わらない」
そのことを「花火」を見ることで、暗示しているとも言えるんですよね。

 

ただし、さっきも言ったように、それでも「淡く、美しい」
あくまで「ありえたかも知れない可能性」として描いている、そのバランス感覚が原作の「よさ」なんですよ!!

 

ちなみに、これは2020年に原作を見たからか?
放映時(1995年)の日本の田舎という舞台設定が、今となっては「懐かしさ込み」でそれだけで一種のファンタジーにも見えるという、バランス感としていい味を出しているのだ。

ちなみにこれら「よさ」を破壊し尽くすのが「アニメ版」です。

 

 

ポイント

✅原作のいいところは「もしも」があっても結果は大きくは「変わらない」というところ。

✅だが、それでも「淡く、美しい」ありえた可能性を「儚く」描くバランスが「よさ」

小学生だから「成立」する物語では?

 

そして、もう1つの大きな「問題点」
それは、原作は登場人物の年齢が「小学生」なんですよ。

アニメ版では”なぜか中学生”になってますが・・・。

その改変ですね。
「改悪」と言ってもいいでしょう。

 

これは「小学生」だからこそ、「好きな子にデートに誘われる」 本当なら嬉しいことなのに、気恥ずかしさから「男友達」との友情を優先してしまう「祐介」の決断にも、納得がいくのだ。

 

だけど、アニメ版はそれを中学生にしてる。

正直この年頃なら「好きな子」「男友達」天秤にかけたら「好きな子」との誘いを優先するでしょう?

 

ましてや、中学生なんで「エロい」ことしか考えてない種族ですよ笑

 

この辺りも、本当になんだかなぁって。

 

ちなみに原作も「なずな」を妙に「艶っぽく」なんなら「エロく」描いているのだが、それでも、どこかに照れがある「典道」の描写など、これも小学生の「素直」になれない気持ちを、むず痒く描くのに一役買っている。

アニメ版でも「エロく」
しかも割とその方向の描写はエスカレートしてますが・・・。

それがタダの「エロ描写」にしかなってない、しかし「典道」の反応は、原作と同じ感じで・・・。

 

アニメ版は年齢を「中学生」に引き上げたのに、こいつらの中身は原作と同じく「小学生」のままでアンバランス。

 

その分「なずな」がただ「エロい」だけにしかならない。
だから「気持ち悪い」と感想を抱く方がいるのは、このバランスが「悪すぎるから」なんですよね。

編集長
「中学生」なら「オナニー」もしますからね!!

 

 

ポイント

✅アニメ版は「なずな」の艶っぽさを前面に出しすぎて、酷い。

その他、原作の良かったところからの「改悪」

 

あと原作では「なずな」の両親、特に母に関してはほとんど描写されない。
いきなり出てきて家出した「なずな」を連れて行くシーンが非常に「怖い」んです。

 

そうそう、原作だと「離婚」が理由で「なずな」が転校することになるんですが。
でもアニメだと「再婚」となっており、母親の心情描写が付け加えられていて、再婚相手に「なずな」が心を開かないシーンが描かれている。

 

原作では必要最低限の「理由」しか描かれないので、「なずな」がいなくなることに「暴力的」なまでの「どうしようもなさ」があった。

その「どうしようもなさ」がある意味で「典道」の無力感を引き立たせるし、やはり「結果」は変わらないことに納得もできるんですよ。

 

しかしアニメだと、そこに母なりの苦労が描かれていて、しかも「なずな」の年齢が中学生。
「どうにかなる感」もあるし、それよりも「暴力的」なまでに「引き裂かれる」
その「悲しみ」「儚さ」が全て無きことになってる。

 

編集長
中学生なんだから「卒業まで待って」とか、再婚相手と話し合えば「大丈夫なんじゃね感」とか出てくるんだなぁ

 

でも、さっきから言うように、登場人物の年齢は「中学生」なのに中身「小学生」なんですよね。

だから、やっぱり「なずな」の反応とか、「変」「アンバランス」にみえちゃうんです

 

編集長
もしもアニメも「小学生」のままなら、まだ「どうにかできた」のかもね・・・。

 

 

ポイント

✅「原作」のよさを、アニメ版は全て「殺した」といった印象。

なんで、こう言う「改悪」したの?

不可抗力でない「タイムスリップ」

 

前述したように、原作は「タイムスリップ」と言うより、「もしも、あの時」という瞬間で、分岐した2つの結末を描くという作品だ。

そもそも、その「分岐」に「理由」はないし、そもそも、それは「異なる世界」を描いているのであって、実際に「典道が負けたA」という世界から「典道が勝ったB」という世界に連続性はない。

 

だからこそ「世にも奇妙な物語」的というか、そういう「なにこれ?」「でもわからんでもない」という後味になっているのだ、それがある種の「魅力」なんだけど・・・。

 

アニメはその「分岐」を理由あることとして描いているし、その「分岐」を「タイムスリップ」のように描いている。
しかも、割と簡単に行えちゃうし、「A」から「B」に「典道」は記憶を引き継いでジャンプできるんですよね。
そしてその「移動」をアニメだと4回行うんですね。

 

だから、「なんでもあり」にしか見えないし、僕が原作のよさと思った「”もしも”でも変わらない儚さ」みたいなところが「死んでる」

 

そのため「理由なき”奇妙感”もない」

でも、「シャフト」はこの「奇妙感」を大切にしている節もある。

その「奇妙」を演出するために町の風景や、キャラの描写など、明らかに「やりすぎな奇妙感」を「絵」で演出しようとしている。

 

途中の「駆け落ち」してる時、電車で「松田聖子」の楽曲を歌うシーンとか、あれはもう「意味がわからない」
あそこで一度「停止ボタン」押して頭抱えましたよ。

 

要は「奇妙」表現をそもそも間違えているんですよね。

それは「花火」描写にも現れている。

この「タイムスリップ後」の世界では「横から見ると花火が平たく見えるのだ」

編集長
僕の思う原作の良さ、「花火をどこから見ても同じ」というのは、「もしも」があっても「結末」は変わらない「儚さ」は死にました


その絵はある意味で、独特だし綺麗だけど、ちなみに3回目の「タイムスリップ後」は「花火が”花”に見える」というね。

 

灯台のライトが回ることで「丸」「平たく」見えるように工夫は随所にありましたが

 

さっき「典道」が「タイムスリップする」と表現してたけど、この描写から見るに「世界の改変能力」といえばいいかも知れませんね。
(どっちでもいいんですけど、世界改変ならいよいよ「なんでもありじゃん笑」)

とにかく「A」から「B」にジャンプする、その「B」のある地点でトラブルが起こる、そこからさらに「分岐」して「C」に飛ぶ。
こんな感じで、「もしもあの時」というのを何度も「やり直す」
究極の「なんでもあり設定」にしてしまってんですよね。

 

とにかく「奇妙感」「絵」で補おうとはしてるんだけど、それが尽く、失敗しているという印象を受けました。

 

しかもそれが「シャフト」特有のケレン味で取り繕うとするんだけど、「意味ありげ」この「げ」止まり。
これが真に生きるのは「意味がある」時だけなんですけど、それにも失敗している。

学校のデザインとか、ある種独特な近未来的な風景(風車とかさ)は、「まどか・マギカ」なら「あり」なんだけど、今作では裏目に出ているとしか見えない。

 

そして最後、原作では「なずな」「典道」がプールに入るシーンがあるんですけど、アニメでは「海」に変わっている。

 

原作は「好きな子」と学校に侵入してプールに入るという「いけないこと」をする「背徳感」込みの描写。
そこで「2人だけの思い出」を作り「二学期に会おう」と約束をするんだけれど、それは「果たされない」
そこに「儚さ」を携えて終わるのが原作だ。

 

だが、アニメはそれが「海」になっている。
「学校のプール」という「最初の分岐の”キッカケ”」という意味でも「プール」の方が良かった気が・・・。

 

 

ポイント

✅原作は「物語」で「奇妙を演出」

✅アニメは「絵」で「奇妙を演出」するも、僕には空回りにしか見えない。

「腑に落ちる」とか、そういう工夫は必要ない

 

そうそう、今作は「タイムスリップ」「世界改変」が始まるにも「理由」があるし、「終わる」のにも「理由」がある。

要は不思議現象に「理由」をアニメはつけている。

 

それは「なずな」が海で拾った「水晶」を「典道」が投げることで発現する現象なのだが、さっきも言ったが「原作」はそこに「理由がない」
それが「良さ」だ。

 

そもそも、そこに「腑に落ちる理由」をつける必要性があったのか疑問ですが、とにかくアニメは「理由」をつけてます。

 

ちなみに、この水晶を「花火」と間違えて、酔っ払いの花火師が「打ち上げ」そして「現象」を終わらせるのだ。

そういう「理由」をつけることで、「奇妙感」が薄れるのにね・・・。
絵では「奇妙感」を描こうとするんだから、もうどうしようもない。

 

ちなみに原作では、もちろんこんなシーンはないけど「酔っ払い」というキャラが出てきて、これを演じているのが「蛭子さん」なんですよ!
この人が「花火は横からみりゃ”平ら”」とか花火師だと嘘ついて、口から出まかせをいう。
それを「蛭子さん」が演じてるから、我々もニヤリとするんですよ。

 

そして、最後原作では、「なずな」と「典道」は、もう「会えない」という儚い締め括りをするんですけど(繰り返すけど、これが「良さ」)。
けれどアニメ版は「リアル駆け落ち」しましたね。

 

ここは、皆さんいろいろ意見があると思いますが、僕には「駆け落ち」したとしか思えません

 

もう僕がなにを言わんとしているか、ここまで読んでいるとわかると思いますが、もう一度言わせてください「改悪」ですね。

 

 

ポイント

✅「腑に落とす」必要はない物語。「理由」があるから「奇妙感」がなくなる。

✅「絵」で「奇妙」を補うことができず、中途半端になる。

男の子パートも「死んだ」

 

「典道」サイドのことばかり語りましたが、原作では「男の友情」を選んだ「祐介」たちは、「スタンド・バイ・ミー」さながらの旅に出ます。
この「探検」の感じも「小学生」だがら成立するんだけど、アニメだと、ここも微妙な印象になります。

 

アニメで、途中に挟まれる「祐介」と「なずな」の母、義理の父が「なずな・典道」を追いかけてくるシーンとか、キレてました笑

 

その帰り道、好きな子に「好き」という決意をした「祐介」たちが、思い思い好きな人の名前を叫ぶ、微かな成長を描いているんですけど、アニメだと、何回も言うけど「中学生」です・・・。

 

こう「叫んだり」するもんなんですかね?
そもそも「探検ごっこ」的なことしますかね?
なんで「中学生」にしたんですかね?

 

ポイント

✅疑問しか湧かぬ改悪。

原作「50分」アニメ「90分」
足された悪夢の「40分」

 

ちなみに原作は「50分」
これは元々、「1時間番組内ドラマ」だと思えば、妥当な分数でしょう。

しかしアニメは「90分」

この足されている「40分」は僕がひたすら、酷評している「改悪」部分だ。

 

「意味不明の追いかけっこ」
「3度繰り返す”時間軸移動”」など。

原作から不要に引き延ばされた「40分」は僕にとって「改悪」ばかり、そりゃ見てて「キツイ」わけですよ・・・。

 

だからこそ、そのまま「アニメ」に置き換えるか、そもそも、こういう企画で作品を作ることに、果たして意味があったのか?
そこは疑問なんですよね。

 

 

ポイント

✅付け足された「魔の40分」

今作を振り返って

ざっくり一言解説!!

今作のファンの方、読んでないと思いますが、ごめんなさい。

僕には「合わなかった」です。

好みの「合う」「合わない」はありますよ・・・。

エンドロールでの「打上花火」は名曲でしたね。

まとめ

 

僕には「合わない」作品でした。

 

しかし、僕は「合わない作品」と出会うこと、これも貴重だと思っています。

「どうして合わない?」それを真剣に考えることは、実はそれは重要な物事の見方を形成する、大切なプロセスになると考えているからだ。

 

「面白くなかった」とサジを投げるのは、誰にでもできる。
でもその「理由」を探すこと、それはすなわち、「じゃあ自分は”これが好き”」ということに気づくことに繋がるからだ。

 

だから、「酷評」するような作品、自分の好みと違う作品。
これらに出会うことは、これは非常に「尊い」経験でもあるのだ。

久しぶりにこうした作品と会えたこと、これは、僕にとって「映画と向き合う」上でも「大切」なことなのだ。

ただ「僕には合わなかった」それだけなのだ。

 

 

まとめ

  • 原作の「良さ」を「改悪」していると感じた。
  • 「年齢」を引き揚げたこと。
  • 全てに「理由」を付けようとしすぎたこと。
  • 物語から「奇妙」さが減退。
    「絵」で補おうとしたが、「失敗」している印象を受けた。

ということで、お疲れ様でした。
また近々お会いしましょう!!

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