ディズニー総チェック 映画評 評論

【映画記事】『ミラベルと魔法だらけの家』を徹底解説!【ディズニー総チェック】

 

今回はディズニーの最新作、そして記念すべき60作品目になる、『ミラベルと魔法だらけの家』を鑑賞しましたので、その感想を書き綴っていきたいと思います。

まぁ、でも実際は11月、12月に劇場で見て、年末年始に再度ディズニープラスで見たって感じになるので、もう何回見てんねん、って感じですが・・・。
ここまでなぜ時間がかかったのか?
そんな理由も含めて書いていけたらいいな、と思っております。

 

この作品のポイント

  • 言いたいことはめちゃ刺さる作品。
  • 本当の主人公は誰か?
  • 今作は「いい話」なのか?

『ミラベルと魔法だらけの家』について

基本データ

基本データ

  • 公開 2021年
  • 監督 バイロン・ハワード/ジャレド・ブッシュ(英語版)
  • 脚本 ジャレド・ブッシュ/チャリーズ・カストロ・スミス
  • 声の出演 ステファニー・ベアトリス/ジョン・レグイザモ ほか

あらすじ


ディズニー・アニメーション・スタジオによる長編アニメーションで、南米コロンビアを舞台に、魔法にあふれた家に暮らす少女ミラベルの活躍を描いたミュージカルファンタジー。

コロンビアの奥地にたたずむ、魔法に包まれた不思議な家。
そこに暮らすマドリガル家の子どもたちは、ひとりひとりが異なるユニークな「魔法の才能(ギフト)」を家から与えられていた。
しかし、そのうちの1人、ミラベルにだけは、何の力も与えられていなかった。
力を持たずとも家族の一員として幸せな生活を過ごしていたミラベル。

ある時、彼らの住む魔法の家が危険にさらされていることを知った彼女は、家族を救うために立ち上がることを決意する。

監督は「ズートピア」バイロン・ハワードジャレッド・ブッシュ
ミュージカル「イン・ザ・ハイツ」「ハミルトン」でトニー賞、グラミー賞など数々の賞を受賞しているリン=マニュエル・ミランダが音楽を担当。

映画COMより引用

言いたいことは刺さる!

特別でない意味

 

今作は、予告や事前情報から「ミラベル」という女の子が、特別な一家の中で、ただ一人「魔法」を使えないという作品であるということが知らされていた。

そして作品の内容自体も、まさにその視点で進んでいくことになる。
ある意味、事前の予告と、そこから予想される結論として、その範疇に収まる作品だったといえる。
(別にそれ自体は構わないのだが)

 

というのも、これまでのディズニー作品で描かれてきたのは、基本的には「持たざる者」が何かを「持つ」物語だった。
例えば『シンデレラ』は、その典型だ。
それこそ「シンデレラストーリー」なんてものは、その際たるものだと言えるだろう。

しかし、これは考えてみると分かることなのだが、世の中には確かに「持つ者」つまり「特別な者」に比べて「持たざる者」「特別でない者」の方が圧倒的に多いのだ。

 

 

さらに時代的な背景を考えると、例えば社会的マイノリティの方々と共に社会を、よりよくしていこうという動きが現代の潮流になっている。

それを「魔法の使える家族」を多数派(マジョリティ)、その中で「魔法を使えない存在」としてのミラベル、それはすなわち少数派(マイノリティ)として描く。

そういう意味では、この構造は「現代的なテーマ」であるとも言える。

 

 

ただ、そういう視点で見ると今作の舞台である「エンカント」
ここは魔法の力で生まれた地なのだが、その地に住む人間は「マドリガル家」以外の人間は、「魔法を使えない」
つまり大多数が「魔法」を使えないのだ。

だからこそ、実は「マドリガル家」こそ「マイノリティ」であるとも言える。

編集長
例えばこの特殊な家族と一般人が対立をしてしまうという構造にすれば、これは「XーMEN」的な話にもすることは可能だ。

 

まぁ、そういう話は置いとくとして・・・。
とりあえず、僕なりの今作の結論として「言いたいことは、わかる」「メッセージも刺さる」ということを最初に述べておきたい。

そして、今作を大傑作だという人がいるのも十分理解できる。

だけど、それと同時に引っかかりのようなものが残っているのも事実だ。
その理由がわからないので、ここまで評論売るのを躊躇っていたとも言える。

 

 

ポイント

✅言いたいこと、時代性を考えても理解できる作り。

本当に成長した人物は誰か?

 

さて、ここからでは今作のどこが「引っかかり」があったのか、という話だ。

というのも、そもそもこの作品を「ミラベル」の視点で見ているからこそ、もしかすると引っかかったのかも知れない。

個人的に今作での、もやもやした感じ。
言うなれば「雲を掴んだような感覚」
つまり分かるといえば分かるけど、なんとなくボヤける感覚と言えばいいだろうか?

 

 

そんな感想がずっと頭の中を支配していたのだ。

 

 

それこの物語を「ミラベル」の物語として見てしまったからだ。
もちろん、今作は「ミラベル」の物語なのだが、正確には僕は違うのではないか?と考えている。

というのも、物語の開始時点でミラベルはある程度の成長を見せているからだ。
まずはその理由を考えていきたい。

それはシンプルだ。
物語の開始時点でミラベルは「魔法を使えない」でも「自分も特別な家族の一員」だとわかっているからだ。

 

 

確かに「魔法がない」という点でコンプレックスは抱いているものの、彼女の中では、ある程度そのことも受け入れているのだ。

もちろんいとこのアントニオが「ギフト」を受け取った際には、「でも本当は”魔法”が欲しい」と願うのだが、だけど彼女は真っ直ぐだ。

その後、彼女は自分の魔法云々よりも「マドリガル家」の「魔法」が失われつつあることに気づく。
そして、それを守ろうと奮闘するのが、今作のメインストーリーになっている。

 

 

普通こういう設定ならば「ミラベル」が「魔法が欲しい」と、ある種「特殊性」に固執していたが、その固執から解放されて物語が締められる。
もしくは「魔法がない」ことを「アイデンティティ」として確立する話として締め括ろうとしそうなものだ。

公開前には、そんな物語になるだろうと、僕も予想していた。
そういう意味では前述した内容と矛盾するが、そういう意味では予想外だったとも言える。

編集長
要は結論は予想の範囲だけど、描き方が「予想外」だった

 

 

だけど実際のミラベルは物語の冒頭から「魔法がなくても特別」だと信じていた。
通常描かれる物語の果てに導き出すであろう答えに、最初から到達しているのだ。

つまり本質的に「ミラベル」という存在は主人公なり得ないということだ。

ということで、当然今作では別に「成長」の余地を残しているキャラクターがいる。
それが祖母である「アルマ」なのだ。

 

 

ポイント

✅「ミラベル」は物語の開始時にすでにある程度の「アイデンティティ」を確立している。

✅実は成長すべきは「アルマ」である。

アルマという呪い

 

今作で成長すべき存在として描かれるのはミラベルたちの祖母「アルマ」だ。

彼女はかつて夫である「ペドロ」との間に三子を設け、幸せな生活をしていたが、迫害を受けて村を追われた身だ。

 

 

深掘りポイント

今作のほぼ原作と言っても過言ではない、コロンビア出身のガルシア=マルケスが書いた『百年の孤独』という小説に、「バナナ大虐殺」という事件が下敷きにしているシーンが描かれる。

✅「バナナ大虐殺」とは?

1982年にコロンビアで起きた「大虐殺」
皆さん見たことがあるであろう、チキータ・バナナのブランドで知られたアメリカのユナイテッド・フルーツ社(現在はチキータ・ブランド社)が大きく関わっている。

詳細としては、バナナ・プランテーションの働き手たちが、労働条件の改善を巡って起こしたストライキ。
それに対してユナイテッド・フルーツ社は米政府に軍の介入をちらつかせるよう画策。
コロンビア政府は米軍の介入を恐れて軍を投入、鎮圧を開始することとなった。

結果として、正確な死傷者数不明という、大虐殺に発展した。

『アナと雪の女王2』でも歴史上の事件を扱っていたが、最近のディズニーはこのように、過去歴史上の事件を作中で描いている。

 

 

その逃走の最中にペドロは殺害され、アルマは絶望するが「魔法の力が発現」
彼女たちは「エンカント」という、外界と閉ざされた新天地を手に入れることになる。

この「エンカント」という地で彼女たちは繁栄をするのだが、アルマの中にいつしか「魔法」を持つからこそ「村」のために生きなければならない。
そういう立場として努めなければならない。

いわば「noblesse oblige=ノブレス・オブリージュ」という思想に支配されいくのだ。

 

 

ノブレス・オブリージュとは?

  • noblesse oblige=ノブレス・オブリージュ〈フランス語〉
    ノブレス・オブリージュとは、貴族や上流階級に生まれたものは、社会に対して果たすべき責任が重くなるという格言。
    特に高潔な振る舞いと、社会の恵まれない人に対する慈愛の心を求めるもの。

 

 

この思想も一見すると正しいものに聞こえるが、この考えに固執したアルマは、いつしか家族にも「そうあるべき」と、知らず知らず強要していくようになるのだ。

話は一気に飛ぶが、特にミラベルの姉イサベラルイーサは、知らず知らず「ノブレス・オブリージュ」の思想に追い詰められていることが示唆される。
そんな心情が彼女たちの楽曲で明らかにされる。

 

 

しかし今作では、それはまだマシなのかも知れない。
このアルマというキャラクターは、「魔法がない」つまり、務めを果たせない「ミラベル」に厳しく・冷たく接するようになるのだ。

 

ある種このアルマというキャラクターは「ノブレス・オブリージュ」思想に取り憑かれ、知らず知らず家族を破壊している張本人だ。

 

さらに「魔法の力」が失われつつあることを認識していて、そのことを恐れている。
「特別な力」にはっきりと固執している様子が描かれるのだ。

今作に明確なヴィランは存在はしないが、ある種彼女の存在が「マドリガル家」に闇をもたらす、つまり、ヴィランだと言っても過言ではないのだ。

 

 

ポイント

✅アルマという存在は「マドリガル家」を束縛する存在。

✅ヴィラン不在の今作の中で、実は彼女こそヴィランだとも言える。

ミラベルの役目とは?

 

さて、今作では終盤「マドリガル家」の「魔法の力」の象徴である「家=カシータ」が崩壊。
家族は魔法の力を失うことになる。

 

ミラベルはすべての責任を背負い込み「エンカント」と外界を隔てる山の向こうにある「川」に辿り着く。
この川は祖父ペドロの死んだ場所であり、アルマが魔法の力を授かった場所なのだ。

 

さて、実は今作で一番大事なのは、すべてこの一連のシーンで明らかになる。
この「2匹のオルギータス」は、翻訳歌詞などをきちんと読むのをおすすめしたい。


編集長
僕は、「ディズニープラス」でこの部分だけを10回リピートしました笑

 

編集長
ちなみに、こちらが歌詞です

2匹のイモムシたち
2匹は愛し合い、切望しているんだ

毎晩毎朝一緒に過ごしている
学びながらね
お互いのことを抱きしめることを

2匹の熱望は掻き立てるんだ
世界を旅する事を
回り、止まらずに回り続けるその世界を

2匹一緒にこの世界をね
回り、止まらずに回り続けるその世界を

2匹のイモムシたちは
天気にも逆らうのさ

風はだんだん冷たくなっていく
でも2匹は一緒にいるのさ

2匹はお互いのことを抱きしめるんだ
何も知らないまま

お互いのみが2匹の持つ(不安や恐怖を凌ぐための)避難場所だってことを
でも2匹の心には何かが芽生え始めているんだ

2匹は一緒に住むことを望んでいる
でも2匹の心には何かが芽生え始めているんだ

イモムシたち
お互いの事を強くは抱きしめすぎないで

2匹とも知っているでしょ
今こそお互いに成長する時だって
(成長するために)別れ、そしてまたもう一度出会うために

(世界には)驚きが君を待っているよ
君のいる場所のすぐ先で

信じて、驚きはそこにあるから
さぁ準備を始めるんだ
明日の旅への準備を

イモムシたち
お互いの事を強くは抱きしめすぎないで

2匹とも知っているでしょ
今こそお互いに成長する時だって
(成長するために)別れ、そしてまたもう一度出会うために

(世界には)驚きが君を待っているよ
君のいる場所のすぐ先で

信じて、驚きはそこにあるから
さぁ準備を始めるんだ
明日の旅への準備を

2匹のイモムシたち
(サナギになり)包まれずっと待っている
2匹それぞれの世界で

期待しながら
何が起こるのかを
成長し蝶になった後に

変わる事をとても恐れている
変化し続けつ事を止めないこの世界で

だからその(恐怖という名の)壁を壊して突き進むんだ
世界は(いくら待ったって)変化を止めることはないよ
変化を止めることはないよ

蝶々たち
お互いの事を強くは抱きしめすぎないで

2匹とも知っているでしょ
今こそお互いに発つ時だって
違う方向へ羽ばたき、そしてまたもう一度出会うために

驚きは君を囲んでいるのさ
(不安という名の)壁は壊して進むんだ

後ろは振り向かないで
飛び続けるんだよ
明日への道を見つけるまでずっとね

蝶々たち
お互いの事を強くは抱きしめすぎないで

2匹とも知っているでしょ
今こそお互いに発つ時だって
違う方向へ羽ばたき、そしてまたもう一度出会うために

驚きは君を囲んでいるのさ
(不安という名の)壁は壊して進むんだ
後ろは振り向かないで
飛び続けるんだよ
明日への道を見つけるまでずっとね

「2匹のオルギータス」の歌詞より引用(ちなみに映画版と微妙に歌詞が異なる点があります)

 

 

この歌はアルマが内面を吐露するという形で歌唱される。
彼女はペドロと死別して以来、この川に訪れることはないと告白していて、ある種ミラベルは彼女をここに導く役目を担っていたのだ。

 

2匹の青虫とはアルマとペドロのことを指している。
この歌詞はアルマの思い、つまりペドロの死によって「二度と家族を失いたくない」という思いが現れている歌詞であり、でもそれによって大切なものを見落としていたことを認めるものだ。

 

「芋虫たちよ、互いのことを強く抱きしめすぎないで」(本編では「青虫よしがみつくな」)というのは、過去への固執はいけないということを示唆している。
その後、たとえ一人になっても進めというメッセージがそれに続く。

一連のシーンで明らかになるのは、ミラベルがブルーノのヴィジョンで見た「黄色い蝶」はもう1匹の青虫、つまりペドロを指しているという点だ。

 

ここでアルマはペドロと再会して、「奇跡」とは「魔法」ではないということに気づく。
「奇跡」とは「家族」であり、今のこの状況と言えるのだ。
(本来持てるはずのないものを、持つことができているということ)

 

ミラベルとは、そのことをアルマに伝えることをペドロに託された、そのために「魔法」を与えられなかったのだ。

 

 

つまり、アルマの中で「奇跡」を「魔法」の力だと思い込んでいた。
そして、その力を他者の為に使えと、家族に知らず知らずプレッシャーを与えていた。
しかし、本当は「奇跡」は「家族」だった。

そのことに気づかないアルマの長年の態度で、家族に亀裂が入った。
つまり「奇跡」を傷つけたことによって、「魔法」が消えそうになっていたのだ。

 

 

そして、今作の最後で「本当の奇跡」に気づいたアルマたちは「家」の修復にとりかかる。
これは文字通り「家族の修復」というわけだが、それが完成したことによって、「マドリガル家」に魔法が戻ってくるということなのだ。

つまるところ、やはり今作で「成長」という面(そういう意味では真の主人公とも言えるが)で重きが置かれたのはミラベルではなく、アルマだと言えるのだ。

 

 

ポイント

✅最終的にアルマが本当の「奇跡」に気づく物語と言える。

だからこそ残るモヤモヤ

 

ここまで長々と、今作の真の主人公は実はアルマだったと話した。
そしてミラベルの役目とは、その真実をアルマに気づかせること。
そのために「魔法がない」ということになる。

 

これってどうなの? と僕は思ってしまった。

個人的にあまりにもこれでは、彼女にとってあまりにも救いがないのだ。

 

 

 

この設定だとミラベルは「家族の長」つまり家長、今作ではアルマになるのだが、その存在に真実を与えるために「辛い道」を歩まされたことになるのだ。
もちろん彼女が「自分の存在も特別だ」と自己のアイデンティティをきちんと持っているので、この辺りは薄まっている。

 

しかし、それでもモヤモヤが残ってしまう。
これで映画を締めくくるとミラベルは、言い方を選ばずに言えば、「家族」のために人生を「搾取」されていたと捉えられてしまうからだ。

 

編集長
他人に過ちを教えるために、辛い思いをしてきた。それは本当にいいことなのか? ということ

 

 

なので僕には今作がどうしても「いい作品」とは口が裂けても言えないのだ。
どう考えてもミラベルがかわいそうにしか見えない。

最後に「私の未来が見える」とミラベルはポジティブな解釈はしているものの、見ていて彼女にビタイチ共感できないのだ。
さらに言葉を選ばずに述べるなら、「物語をいい」雰囲気で、締めくくろうとしている作り手の考えにも到底納得できない。

 

 

あと今作に関しては最近のディズニーが陥りがちな病理が表に出てきたとも言える。

というのも、最近のディズニーは作品に「マイノリティ」を出すなど、多様性を意識している。
そして、それらが未消化のまま、ただ要素として作品に入れ込んでいるだけにしかなってない傾向にあるのだ。(『シュガー・ラッシュ2』 などはその典型)

 

そして、悲しいことに現代ではまだ「多様性を意識する」こと自体がニュースになる。

 

本当は、そういう「多様性への取り組み」がニュースにならないくらいに当たり前になる世界を目指すべきなのに。
現状のディズニーは、それが「ニュース」になることを狙って作品を作っていることが目に見えるのだ。(『エターナルズ』などもそう)
そこに居心地の悪さを感じてしまうのだ。
もちろん無いよりは、絶対にあった方がいいのだが・・・。

 

 

 

今作も「魔法だらけの家」で「魔法が使えない」つまり「マイノリティ」としてミラベルは登場する。

ディズニーがミラベルというキャラクターを通じて、「君の存在そのものが、特別なんだ」と自己の存在を肯定する。
そんなメッセージを作品にこめている。

それは十二分に理解はしている。

そのメッセージ性から、今作を肯定する声がある。
そのことも理解できる。

 

 

だけど今作の作り方では「アルマに奇跡の真相」を伝えるため、ミラベルは「マイノリティ」になった。
つまり、彼女は「そのため」に負わなくても心理的負担を敷いられたとも言える。

 

これでは、やはりミラベルという存在は「マドリガル家」に搾取されていると見えてしまう。
その構造の居心地の悪さが、僕が今作を見て「モヤモヤ」した要因の一つだ。

 

だからこそ僕はそもそも今作がとてもじゃないが、「いい話」とは思えない。
つまり作品を肯定的に捉えられなかった原因なのだ。

 

 

ポイント

✅「魔法がない」ことに確かに意味はあったが、それはミラベルにとって辛すぎるのではないか?

✅個人的にはミラベルが「搾取」されているようにしか見えなかった。

今作を振り返って

ざっくり一言解説

これが、僕には全くいい話に思えなかった!!

もちろん、これは一つの意見だし、評価する声もわかるんだけどね!

まとめ

 

さて、ここまで長々と『ミラベルと魔法だらけの家』について語ってきました。

11月に見てから約三ヶ月間、本当にこの作品をどう評論するのか?
ものすごく悩み、完成したので、ほっとします。

描いているうちに自分の頭が整理されて「結論」を導き出せたのも良かったかな?

 

あと、基本的に論調としては、「このストーリーラインでは”ミラベル”が、家族に搾取されているのでは?」と僕は思ったので、否定的になっている。
だけど、今作を「素晴らしい」という声を否定する気は全くない。

 

前述したが、家族の中でのマイノリティだったミラベルが「アイデンティティ」を確立する姿を、現実の様々な問題に絡めることももちろん可能だ。
そういう意味で「現代的な作品」だということも理解しているつもりだ。

 

あと今作の良さはまだある。
本論の中では書ききれなかったが、今作はたとえば「ミュージカル」としても非常に素晴らしい楽曲の数々が耳に馴染む。
個人的には「秘密のブルーノ」は最高な一曲だ。

「触れちゃダメ、ブルーノ、NO、NO、NO」の耳馴染みの良さ、そしてラスト登場キャラの歌が「不協和音」のようになっていく。
でも「不愉快ではない」むしろ「心地よさ」すら感じる楽曲になっており、お気に入りのひとつだ。

ということで『ミラベルと魔法だらけの家』
現在「ディズニープラス」で配信注なので、ぜひ見るのをおすすめしたいと思います。

 

 

まとめ

  • 描きたいテーマは理解できる。
  • 今作は「アルマ」の物語になっている。
  • だからこそ、心にモヤモヤが残ってしまった。

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