映画評 評論

『恋人はアンバー』〜自分自身を受け入れろ〜【新作映画評論】

 

今日は新作映画について語りたいと思います。

ということで、今回はアイルランドから届いたユーモラスでチャーミングな青春映画の傑作。

『恋人はアンバー』を深堀りします!

 

この作品のポイント

  • 自分を受け入れる物語
  • 自分を縛るのは、環境ではなく「自分」だ!

『恋人はアンバー』について

基本データ

基本データ

  • 公開 2022年
  • 監督・脚本 デヴィット・フレイン
  • 出演 フィン・オジェイ/ローラ・ペティクルー ほか

あらすじ

1995年、同性愛が違法でなくなってから2年後のアイルランド。

同性愛者への差別や偏見が根強く残る田舎町で、自身がゲイであることを受け入れられない高校生・エディと、レズビアンであることを隠しているクラスメイトのアンバー

家族や同級生にセクシュアリティを悟られないように平穏に卒業を迎えるため、2人は“ニセモノの恋人”を演じることに!

性格も趣味も全く違う2人だったが、ぶつかり合いながらも、悩みや夢、秘密を打ち明けるうちに、唯一ありのままの自分をさらけ出せる、かけがえのない存在になっていく。

しかし、一緒に訪れた都会・ダブリンで、運命的な出会いによって新たな世界に触れた2人は、“理想的”だったこの関係にも終わりが近づいていることに気づいてしまい…。

公式サイトより引用

自分を”自分”で受け入れる物語

1990年代のアイルランド

 

現在アイルランドは同性婚の権利を「憲法改正」をして認めている。
しかも、世界で初めて「国民投票」によってその権利を認めるなど、性的マイノリティーの存在を世界に先駆け認めている国の一つだ。

 

だが、今作の舞台となっている1995年は、全く様相が違った。

 

当時のアイルランドでは信じられないが1993年まで、同性愛は犯罪であり、発覚すると逮捕。
懲役10年という重い罰を課せられた。

 

そこから2年後の1995年。
この時には同性愛は犯罪では無くなったが、それでも差別意識は強く残っており、性的マイノリティーのエディとアンバーは非常に肩身の狭い思いをしてきた。

 

ちなみにこの作品でも、描かれるが1995年はアイルランドで「離婚」の権利がようやく認められる時代だった。
当時のアイルランドでは、カトリックの教えが浸透しており、旧来の先入観で支配されていた。
そのため非常に同性愛者たちが生きづらい国だったことは言うまでもない。

 

例えば作中でも「同性愛者とバレたら、お祓いされる」というセリフや、性教育ビデオでの明確な「同性愛」の否定。
物語のラストで老夫婦がアンバーにするジェスチャーなど、根強い差別意識に支配されているなど、生きづらい環境だったことが明確に描かれる。

 

そんな場所で主人公でゲイのエディ。
レズビアンのアンバーもまた、非常に苦しい思いをしてきたに違いない。

今作は、そんな時代にエディとアンバーが偽造カップルとなって、何とか自分のセクシャリティについて悟られないようにしようとする物語だ。

恋愛経験のないことに対する揶揄い

 

この作品の舞台は学校だ。
思春期の子供が集まれば、恋愛の一つや二つ経験していなければおかしい。
そういう前提をみんなが共有している場所だと言える。

 

前提として、この作品の二人の主人公はゲイとレズビアンだ。
ただ、作中の冒頭から二人はそのことをカミングアウトしているわけではない。
明確に周囲にバレているわけでもない。

要は、この二人は男女交際をしていない。
そういう経験がない、だからこそ「お前は同性愛者だろ」と揶揄からかわれているのだ。

 

 

だが作品を見ていくと、彼ら以外の人間たちは、確かに男女交際はしている。
場合によっては性的な行為に及んではいるが、実はそれは、周りにバカにされないようにしているだけ。
つまり、本質的な「愛」とは無縁の、ある意味で「見栄を張り」にしかすぎないし、そこに「本質的な意味」は介在していないとも言える。

 

 

エディは冒頭の時点で、異性に興味を持てない事には気づきつつあり、でも周囲に合わせるためにトレイシーとキスをする。
だが、当然彼の中には嫌悪感の方が強い体験になってしまう。

 

編集長
トレイシーは作中での存在感がありすぎのため、要チェック!

 

一方のアンバーも男性との交際をしておらず、周りから「レズ」と呼ばれている。
だが、エディと違い自分が「レズビアン」であることはきちんと自覚しているのだ。

 

この時点でエディとアンバーには大きな違いがある。
エディは男性教師に惹かれているが、それを否定しようとしている、つまりゲイであることを否定しようとしている。
そして、その否定の為に父親のように軍隊への入隊を希望しているのだ。

 

 

そしてアンバーはエディにとある提案をする。
二人のセクシャリティのことがバレないように「偽造カップル」になろうというものだ。
そして、目論見通り二人はカップルとして認められ、すっかり揶揄いの対象ではなくなったのだ。

かけがえのない存在にはなるが・・・。

 

さて、どうにか同性愛者のレッテルを貼られることから逃れることができたエディとアンバー。
だが、今度は周囲から「性的」な質問・話題ばかり振られる事になる。

 

「キス」したのか、その先どこまで行ったのか?
だが、先ほども言ったが、周囲がそう言ったことを気にするのは、ある意味の「イキリ」であり、見栄だ。
そこに本質的な意味は介在しない、行為だけ、つまり上辺だけだ。

 

彼らは同性愛者で、そもそも異性に興味がない。
だからこそ、そう言った行為になりようはない。
しかも本質的には惹かれ合うはずもない。

 

だが、作中でのエディとアンバーは、他のどのカップルよりも互いに「信頼」「愛」を持っている。
そこに「性的興味」は生じないが、周囲のどのカップルよりも健全にも見えるのだ。

 

そして二人は「性的興味」を度外視した関係を継続し、お互いに確かに惹かれあっていく。
つまり偽りのカップルとして生きていけるかもしれないと思い始めたのだ。
作中でも実際に、二人のデートには「愛」が溢れて描かれるのだ。

 

だが、作品はここから大きくドライブしていく。
二人がデートで訪れた性的マイノリティの集うパブ・バー。
ここでエディはドラアァグクイーン、アンバーはサラと出会う。

この後の帰り道のシーンでは一転、二人は「やはり偽りのカップルでは生きられない」事に薄々気づいてしまうのだ。

 

そして、2度目のタブリンでついにエディは男性とキスをする。
アンバーは同じレズビアンの女性サラと再会して、確信に変わる。

 

自分達は「同性愛」を共有できる相手を求めているのだと。
そして、その先に「性的関係」も求めていることに・・・。

エディとアンバー

 

とはいえエディはやはり自分を「ゲイ」だと認められず、父親と同じ道を歩むために、必死にトレーニングに励む。
軍隊に入ること、すなわち男らしさを手にすることで、やはり「ゲイ」の自分を必死に隠そうとするのだ。

 

ちなみに、アンバーがエディの部屋に行った際、「ゲイらしくない部屋」と言った。
ここでエディが「本物の銃弾もある」つまり「男らしい」だからゲイではない、という風に言い訳をする。

 

だが、銃や銃弾はいうなれば「男根」のメタファーであり、それを飾っているということは、逆説的にそれを求めていると言い換えも可能だ。
そして、壁に貼られた一見男らしいポスターも、それで「男らしさ」を見せているのかも知れないが、それも逆説的には「それを求めている」とも言えるのだ。

 

つまり、エディは今まで女性とのキスで得た興奮以上のものを、男性とのキスで得た。
だが、それでも自分は「ゲイ」であると、自分で認められないのだ。

 

逆にアンバーは、ついに自分が「レズビアン」であることを自覚し、そしてサラを求めるようになる。
そこには性的関係をも当然求めることを自覚するのだ。
そして母親にそのことを打ち明けるのだ。

 

ここで両者には決定的な違いが生まれた。

つまり、決定的に自分が「ゲイ」だと確信したエディ。
ただ、やはり自分はそうではないと「否定」をして、「男らしく」生きる道を選ぼうとする。
そして、おそらく同じゲイである知人すらも傷つけてしまう。

 

 

一方のアンバーは、自分のことをキチンと受け入れ、家族にそれを告白。
結果、学校中の人間に「レズビアン」だと発覚もする。
それでも、自分は「そうだ」と自覚をしてサラとの繋がりを求めるのだ。

 

そのため、エディは偽りの関係を続けようとするが、アンバーはそれを固辞。
二人の関係は破綻を迎えるのだ。

前をいくアンバー、ついていくエディ

 

この作品でアンバーはずっとお金を稼いで、田舎町を出て行こうとしていた。
そこで夢を叶えようともしていた。

卒業後、ついにエディは入隊をする事になる。
アンバーは、二人でデートの時に撮ったプリクラを見て彼の後を追いかける。

 

そこで「このまま自分を偽っても、幸せはない」と彼に告げるのだ。
ここで、この作品での二人の真の関係が明らかになる。
アンバーはエディのメンターだったのだ。

ここでようやくエディは自分が「ゲイ」だとアンバーに告白して、真の生き方に向き合う。
そしてアンバーは自分の為に貯めたお金を全額、彼に譲り、彼の真の旅立ちを見送る事になる。

 

編集長
きっと、ここまでアンバーはずっとエディを過去の自分と照らし合わせて、もどかしく思っていたのだろう

 

この作品ではずっとアンバーが「自分とキチンと向き合ってきた」
逆にエディは「自分を欺き続けた」
それが最後にして、ようやく「自分と向き合う」ことができたのだ。

 

二人が真の意味で「自分と向き合う」関係になり、つまり真の人生を生きる決断をした時点でこの映画は幕を下ろす事になる。

そこに「愛」はあるんか?

 

この作品ではずっと「愛」とは何か?
真の意味で愛せる人・存在とは?
ということを問いかけてきた。

エディ、アンバーに関していえば、それが異性ではなく、同性である、そのことに気づく物語だ。

 

だがこの作中の登場人物は「愛」とは何か? という問いかけに恐らく答えることが出来ない。
他の登場人物は「異性」との恋愛を「する」事に重きを置いており、「その先」の行為を「する」ことだけに執着している。

 

実際ケヴィンは交際している女性こそいるが、本当に「愛」が二人の間にあるかは、疑わしい。
お互いに「する」ことだけに重きを置いており、そこに「愛」は介在していないのだ。
つまりスカスカな関係にしかすぎない。

 

確かにエディとアンバーは同性愛者だ。
そしてそれを隠すために「偽造カップル」を演じた。
だが、その時間を経験することで、二人の間には確かに「愛」が存在していた。

 

だけど、人間が真に求める「その先の愛」を二人は育むことは出来なかった。
お互いに、真の愛する人を探す他なかったのだ。

 

この作品を見ていて「愛」とは何か?
ずっとその問いかけが頭をよぎった。

監督のインタビューで「これは友情の物語であり、初恋の物語」だと述べている。

 

 

編集長
ちなみに監督は、これは個人的なエピソードを映画化したと述べており、恐らく同性愛者だ。
だからこそ、エディとアンバーは彼の分身だとも言える。

 

友情であり初恋。
ただ、二人にすれば、やはりそれは「その先に進まない」ものだ。

その先を省略すればいい。
最初はそう二人は言っていたが、やはり「求めてしまう」

それに素直に向き合うことが出来ることで、二人は真の居場所を見つけることが出来たのだ。

 

自分で自分にキチンと向き合う。
大切なのはそのことだ。
実は自分を縛り付けていたのは自分なのだ。

このメッセージは実は全ての人間に刺さるものだ。

 

そういう意味では、この話は特別な話ではない。
全ての人間に刺さる映画だとも言える。

 

まとめ

  • 非常に感動的な青春映画
  • 実は「全ての人間」にまつわる物語

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